前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―


 
就寝時はなるべく彼が寝てしまうまで、傍にいて相手をした。

大抵夕飯に混ざっている薬が効いてしまうため(スープに入れるよう命じられている。逃走防止策だ。体重を計算に入れているから体に大きな支障はないだろう)、会話せず寝てしまうことが多い。
 

けれどその日の空さまはなかなか寝付かない。寝付けないのかもしれない。

毎朝気だるい思いをしているみたいだから、そろそろ薬に勘付いているのかも。


それでも眠気が無いわけじゃないようだ。
瞼を重そうにしている。


彼は寝る前に必ず花畑を気にする。

友人を巻き込んでしまった罪悪があるのだろう。


婚約が終われば、無事に彼は家に帰してもらえるのか、そればかり口にしてくる。

大丈夫だと言えば、どことなくホッと安堵した表情を浮かべる若き主がいた。
  

「式が終われば、俺は御堂と名乗るんっすよね」

「ええ。豊福の名は一切捨てて頂きます。本格的に財閥界に足を踏み入れるのですよ。怖いですか?」


「そりゃ……」


俺は庶民出身の男っすから。
あれこれ悩むと小さな溜息を零した。

これまでの生活を捨てる悲しみ、新たな世界に飛び込む恐れ、様々な感情が交差しているらしい。

大丈夫だと声を掛けた。お目付けとして正しい道を歩ませる、と尤もらしいことを言ってやる。
 

瞬きの回数を多くする空さまは、「博紀さんは」財閥の人間なんっすか? と素朴な疑問を口にしてきた。
 

「元財閥の人間と言うべきところでしょうね。まあ、僕は憶えていないのですが。

僕が生まれてすぐに事業に失敗した親が蒸発。
財閥の人間とも知らず、それまで僕は施設に身を寄せていたので。

偶然、施設に足を運んできた会長に目を付けられて此処にいる。そんなしがない過去を持っています」

 
相手の同情心を煽る。

ちなみにこれは虚言じゃない。事実だ。


案の定、実親を亡くしている彼は反応を示してきた。


「そうっすか」


含みある返事を口ずさむ空さまは、僕の過去にそれ以上触れず、貴方がお目付けなら大丈夫そうっすね。厳しそうっすけど。当たり障りない言葉を零した。
 

忍び笑いを浮かべ、僕は彼に言葉を重ねる。


「空さま。僕の持てる知識は貴方に授けようと思います。
これでも、僕は会長側の人間。財閥の糧になって頂きたいのです。会長にはご恩もありますしね。
貴方には貴方のご恩がありますでしょう? 僕にもあるんですよ。だから徹底的に扱きますよ。御堂財閥のために」

「……博紀さん」


「それが僕の、御堂財閥に対する恩返しです。協力してくれますね? 空さま。僕もできるだけ貴方に協力します。

貴方にあれこれ好きなものを聞いていたのは、息抜きを与えるため。
カスミソウ畑に連れて行ったのも同じ理由ですよ。

厳しい環境で生きれるほど貴方は強くない。

だから息抜きを与えるのです。

これもお目付けであり、側近である僕の役目なのですよ。試しに明日の食事を貴方の好きなものにして差し上げますよ」

 
孤独は人を弱くする。
寒くなるとぬくもりを求める。


それが誰であろうと優しくされたら、その厚意に縋ってしまうものだ。


家族や慣れ親しんだ環境と縁を切られる寸前の若い主は、その現実に耐えられるだけのオトナではない。不安で仕方が無いコドモだ。

その子供の心の隙に漬け込むことはとても容易で赤子の腕を捻るよう。


現に彼は自分の好きなものを口にしてきた。


「イチゴミルクオレが飲みたいっす。あれ、好きなんっすよね……、後はよく分からないっす。好き嫌いってあんまりないっすから。何でも、食べますし」

「なら僕のオススメを一つ、用意させて頂きましょうかね」


「オススメ?」「明日のお楽しみです」近未来に楽しみがあっても良いでしょう? 数日後にはお嬢様との情事もございますし。子供に対して綻ぶ。