前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



 
「―――…あ、来た。空! 大丈夫だったか!」
 

人気のない会長室を後にした俺は(淳蔵さんと御堂先輩の姿は見受けられなかった)、博紀さんに連れられて一階のエントランスホールに戻っていた。
 
そこの一角にある珈琲ラウンジでイチゴくんの姿を見つける


彼はラウンジに追いやられていたようだ。

席に着いて不機嫌そうにカフェオレを啜っている。

部下の人に見張られながら飲むカフェオレはさぞ味が悪いだろう。


彼だけではなく、強制退室を強いられた蘭子さん達の姿も見つける。

此処に集い、和気藹々とひと時を過ごしていた、わけじゃなさそうだ。


一目散に俺の下に駆けて来るイチゴくんは、「もう大丈夫か?」変な酒を飲まされて体調不良なんじゃないか? と、心配してきてくれる。
 

歩ける程度には回復したけれど、ぶっちゃけまだつらい。頭や胃が痛む。
 
それでも大丈夫だと虚勢を張ってしまうのは性格のせいだろうか?
 

「空さま!」
 
 
彼の隣に並んできたのは蘭子さんだ。
 
「ご無事でなによりです」

肩に手を置いて顔を覗き込んで来る教育係は、本当に心配したのだと眉を下げてくる。

次いで、御堂先輩の行方を尋ねられた。俺は首を横に振る。


さっきまで一緒だったけれど、今、何処にいるやら。

そうですか、呟く蘭子さんだったけどすぐに表情を戻して俺に帰りましょうと切り出してくる。
 

源二さんと一子さんがとても心配している、手を取ってくる蘭子さんに俺は困ってしまう。

そうか、御堂夫妻は俺のことを本気で大切にしてくれているんだな。


「申し訳ございませんが、空さまは此方で預からせて頂きます。そういうご命令ですので」
 

俺達の間に割って入った博紀さんが恭しく頭を下げた。

片眉をつり上げた蘭子さんは、「七瀬」貴方は大旦那様側の人間だったのですね。と、苦言を漏らす。


「今まで身分を隠して此方の情報を横流ししていた、というところでしょうか。お嬢様とご一緒ではないのですか? まだ大旦那様とご一緒なのですか?」

「さあ、僕にすらそれは分かりかねますよ」


うそだろう。
 
飄々とした笑顔がそれを物語っている。小憎たらしいこと極まりない態度だ。
 
博紀さんを相手にするだけ無駄だと思ったらしく、蘭子さんが再び俺に視線を向けた。


彼女は言う。
私達と帰りましょう、旦那様や奥方様にご相談すれば最悪の事態は回避できる、と。

イチゴくんもそれが良いと賛同した。少なくとも博紀さん達と一緒にいるよりかはマシだと意見してくる。
 

軽く目を閉じて、そっと瞼を持ち上げる。
 

蘭子さんの手中からすり抜け、


「博紀さん。イチゴくんを連れて来て下さい」


俺はあの部屋に帰ります、踵返した。
 
「畏まりました」

愉快気に口角を持ち上げて会釈する博紀さんを一瞥し、ラウンジの出入り口を目指す。

「はあ?!」イチゴくんの素っ頓狂な声が背後から聞こえた。


「ちょ、待てよ空! 何言ってるんだよ! あの監獄みたいな部屋に戻るのか?! 今がチャンスなんだぞ! 此処で行動を起こさなかったら、どこで起こすんだ?!」

「せやで豊福。……なんかお前、変やぞ」


それまで傍観者に回っていたトロくんが口を挟んでくる。
 

彼を流し目にする。
 
トロくんは御堂先輩に手を貸すため、昨日は遅くまで彼女の傍にいたようだ。
 
一度家に帰った後、学校をサボって御堂先輩達と合流したらしい。


この機にさと子ちゃんと親密な関係になろうとしていたようで、端々にさと子ちゃんの名前が出てきていたけれど、今は目を瞑ろう。彼等の言葉もろとも。


「申し訳ございませんが」


今の俺は外部の人間との接触を禁じられている。
ここで道草することはできないのだと返した。
 

「イチゴくん、悪いようにはしないよ。一週間経てば、俺が責任を持って帰すつもりだから。一緒に来てもらうよ」

「あ、あの酒を飲んで気がおかしくなったんじゃねえのお前。それとも、またあのじいさんに脅されてっ……、そうだろ! 空、あいつに脅されているんだろ!」