彼女を横目で見やる。
頬を寄せてくる彼女は、
「僕の傍にいて欲しいんだ」
ずっと傍にいて欲しい、喪失感に襲われたくないと弱音を吐いた。
「豊福。お願いだから、もう僕の前から消えないで。ずっと傍にいて。僕を置いて行かないで」
呼吸を忘れた。
切な懇願は相手の真摯で真剣な告白なのだと気付く。
今まで好きだと何度か言われた(その度に守りたい人だと返した)。
傍で笑っていてと微笑まれたこともあった(その時、俺はなんて返しただろう?)。
攻めていくからと宣戦布告もされたし、キスも交し合った(俺も彼女を知りたくて体を許した)。
だけど≪ずっと≫なんて言われた事はなかった。
漠然としていて、曖昧な言の葉をぶつけられたこともなかったんだ。
「ごめん。卑怯で」
こんなことを言えば困らせることは分かっているんだ。
でも、もう止められない。君が守ろうとしてくれた未来より、もっと大切なものを手にしたい。
御堂先輩は手に力をこめてくる。
「僕は君と未来を歩みたいんだ。片思いでもっ、想いが届かなくてもっ、この関係が偽りでもっ。僕は君が好きだから」
どう足掻いても俺はこの人を傷付けるだろう。
淳蔵さんに命じられた時、頭の片隅で安易に考えていた。
甘かった。俺は自分の思っている以上に、この人を傷付けている。
嗚呼、軽んじていたわけではないけれど、俺はどうしてこの人の気持ちに応えてやれていないんだろう?
どうして俺は守りたい人を、傷付けてばかりなのだろう?
どうして守りたいとしかいえないのだろう?
すれ違ってばかりだ、俺と御堂先輩は。
「まだ鈴理が好きだとしても」
僕を選んで欲しいから。だから。
意味深長に綻ぶ彼女は、唇に触れるだけの口付けを落としてきた。
言葉がなくとも分かる彼女の心境。
俺は彼女の学ラン上衣をしっかり握り締めて、簡単には離れないよう道を塞ぐ。
「豊福」優しい声で名を呼ばれても、「イ゛ヤ゛だ!」声音を張って俺は首を横に振った。
おじいさんに利用されるつもりでしょ? こんな馬鹿男のために。
電話で言っていたじゃないっすか、おじいさんに逆らうって。逆らうから僕を選んでって。
たとえ助けてくれるつもりでも、敢えてあの人に利用されると分かっているのなら。
それでも行くつもりなら、俺は全力で止めますよ。
あの人のことだ、また二財閥を貶めるような危険なことを命じてくるに決まっている。
逆らうことも危険だけど、あの人に利用されることはもっと危険なんっすよ。分かっているでしょ!
「お゛れはっ……、ぜんぱいっ……、まもりだい゛んっ、ずよ゛」
出ろ、声。
掠れ声でもいい。
濁点だらけの汚い声でもいい。血反吐出す気持ちで出せ!
「だっ、い゛じなんっず……っ。ぜんばいっ……の、ごどっ」
傷付けてばっかりだけど、俺は貴方の未来を守りたいと切望するほど大事にしているんっすよ。その気持ちは分かって欲しい。
嗚呼、気を失う前に耳打ちされた博紀さんの言の葉がぐるぐる脳内を占める。
だってあの人、上手く御堂先輩の心を掴んで下さいねって言ってきたんだぞ。
これじゃあ俺が先輩に利用されるよう頼んでいるのも同じじゃないか。
そんなの嫌だ。
俺のせいで先輩が利用される、そんなの絶対に嫌だ。
「りようっ……ざれでほしぐない。そばにっ……、い゛で言う゛なら、お゛れからっ、はなれ゛ないで」
此処にいて下さい。
ずっと此処に、そして俺の傍に。
俺が悪かったんっすよ。淳蔵さんの命令を聞けなかった俺が「とよふく」
弾力のあるソファーに頭を押し付けられた。
満目一杯に広がる闇。
それが彼女そのものだと気付くのに暫し時間が掛かった。
口腔に走るぬめっとした感触が現実を感じさせてくれる。
ひんやりと冷たい相手の舌と火照(ほて)った自分の舌の温度差に目は白黒。
触れ合うことで融解していく俺達の体温、視界がチッカチッカする。
無遠慮に侵入してくる舌に大きく瞳孔が開いてしまうけれど、不思議と冷静は残っている。
相手の両頬を包んで自分からも積極的に舌を絡めた。
受け身の俺がこうして行動に出るのは初めてだ。
向こうも若干驚きの表情を作っている。きっと俺の愛撫は稚拙だろう。
それでもいい。
稚拙でも彼女を繋ぎとめたかった。説得したかった。ここにいて欲しかった。



