前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




 
「―――…気が付いたか、豊福」



ふっ、と沈んでいた意識が浮上する。

いつの間にか眠っていたらしい。
俺はレザー素材が張られた弾力あるソファーに寝転がっていた。
 
もしかして今までのは夢? 悪夢を見ていたのだろうか? 安易な考えは腹痛によって打ち砕かれる。

そっかスピリタスを煽られたのは現実、か。


「水、飲めるかい? 少しでいいから飲んで」

 
ペットボトルが唇に当てられた。

頭部を支えられ、それが傾けられる。生ぬるい無味の液体が口内に流れ込んできた。

喉を通って食道、胃を滑っていく感触が痛い。

幾分マシになった気もするけれど、激痛には変わりない。眉根を寄せてしまう。


気道に入ったことで咳き込んでしまった。

その衝撃が痛くて堪らない。

ついでに胃も痛い。
何処もかしこも痛い。勘弁して欲しい痛覚だった。体も熱い。


すべて酒のせいだ。

 
苦悶していると、愛情を宿した手が腹を優しく擦ってくれた。

ようやく状況判断ができるまで回復することができた俺は、顔を覗き込んでくる御堂先輩を見つめ、瞬きを繰り返し、上体を起こす。

 
鋭い頭痛が襲い、体は再びソファーに沈んだ。

アイタタタッ、謎の頭痛はもしや二日酔い? それにしちゃ早くないか? 相変わらずお腹は痛いし。どれくらい眠っていたんだろう、俺。
 
ズキズキと痛むこめかみを押さえていると、「無理をするな」御堂先輩に寝ておくよう促される。

度数の強いアルコールを煽ってまだ三十分も経っていないのだから、と眉を下げてしまう。

思ったほど時間は経っていないらしい。


俺が意識を飛ばしていたのは博紀さんに運ばれている間だけなのかも。


双眸を動かし一室を見回す。

此処は応接室か。
来客を持て成すに相応しい装飾をされている。

弾力のあるソファー。ガラス張りのテーブル。額縁に入った絵画。

いかにも贅沢な暮らしをしていますと威張っている観葉植物。どれも立派だ。


絵画は抽象画のようだ。
俺にはペンキを力いっぱいぶつけたような絵にしか見えない。青や黄が交互に塗りたくられている。
 
明かりが点いていないためか、ちょっぴり薄気味悪い。


部屋には俺と御堂先輩しかいないようだ。
イチゴくんの姿が見受けられない。
 
不安に駆られていると心情を見透かした王子が「彼は博紀達と一緒だ」危害は加えないよう言っているから、と力なく笑った。
 
観察していた眼を王子に留める。
弱弱しくも泣きそうな顔が俺を見つめていた。

その泣き顔はたとえ、男装をしていても女性そのもの。


一日ぶりの再会。

心配させた気まずさや申し訳なさが込み上げてくる。


嗚呼、心配を掛けてごめんなさいとか、勝手なことをしてすんませんとか、奔走させて申し訳ないっすとか、謝りたいことは山のようにある。

 
でも今は態度で示さなければいけない気がしたから遠慮がちに手を伸ばし、彼女の頭を抱擁する。

返してくる抱擁はきつく、「このうそつき」発せられる言葉は文字通りの罵声だった。


「どうして君はいつもいつも、いつも、人を心配させるんだ。
うそばっかりついてっ……、ジジイに無理強いさせられそうになったら僕に言えと言ったのに。

約束まで破って。ぼくがどれだけっ、心配したと」


小刻みに震えている体が当時の状況を教えてくれる。
 
ごめんなさい、本当にごめんなさい。傷付けることは覚悟の上だったんっすけど、やっぱり傷付けてしまいましたね。

守ると決めていた貴方だけは傷付けたくなかったのに。


背に回してくる手に爪を立てられた。

呼吸を止められかねないほど強い力で抱き締められる。

ばかと何度も罵られた。


すべて甘んじて受け止める。
勝手なことをしたのは俺だから。

肩口に顔を埋めてくる彼女に躊躇いながら、わっしゃわしゃと髪を撫でる。俺も彼女もこれが好きだから。大好きだから。
 

「せ……、ぱ」


掠れ声しか出ない。
まだ後遺症が残っているようだ。


随分水を飲んだのに……暫くはこのままだろう。


優しく頭を撫でていると、「生きた心地がしなかった」目の前で大切な人が消えそうになる、それがこんなにも怖いことなんだね。先輩の声音が震えた。

「君を不幸にしてしまった。幸せにすると決めていたのにっ、こんなことになってしまうなんて」

彼女がくしゃっと顔を歪める。

「僕が君に好意を寄せなければっ、ジジイも……、目を付けなかったのに」

違う。それは違う。俺は必死に首を振った。
 
少なからず俺は先輩に好意を寄せられて嬉しいと思ったし、貴方の傍にいるだけで幸せを噛み締めることができた。本当に幸せだと思っていた。


淳蔵さんにめちゃくちゃな注文をされているのには同意するけど、俺はあの人に家庭を救われている。

不幸だなんて思っていない。困った事態には陥っているけれど、不幸だなんて思わない。


だから自分を卑下するような発言はしないでくださいよ。

 
何度も首を横に振って否定する。
 
「違うんだ」君は、君達家族は。物言いたげな面持ちを浮かべる王子に、微苦笑を浮かべて首を傾げる。俺達は不幸じゃないっすよ?

 
スーッと目を細める御堂先輩は言うことをやめてしまったらしい。
 
回していた手を俺の後頭部に添えると強引に受け身から攻め身に体勢を変えてきた。


彼女の肩口に顎をぶつけてしまい、危うく酒で熱(ほて)った舌を噛みそうになる。カチンと上の歯と下の歯がぶつかった。