「確かにお前や彼にこの座を譲り渡すつもりはない。源二も甘い人間だしな。財閥の頂点に相応しい人間とは思えない。
―――…私はね、相応しくない人間は斬り捨てるべきだと思っているんだ玲。彼も相応しくないなら、今すぐ斬り捨てても良い」
斬り捨てるなんてしごく簡単だ。もう一度、二度、今度は生(き)のスピリタスを煽らせればいいのだから。
アルコール度数の強い酒を何度も飲まされたらどうなるか、分からないわけではないだろう? 淳蔵さんがゾッとする笑みを浮かべた。
その目は本気を物語っている。
マジで生(き)を飲ませてくるかもしれない。
「なっ」言葉を詰まらせる御堂先輩に、「私にはそれだけの実力がある」淳蔵さんが脅迫を上塗りした。
「女のお前から彼を奪うことなど容易い。現にこうして奪われている。
所詮、お前の実力はその程度だ。身の程を知りなさい。お前の聞き分け次第では彼を“そういう世界”に売ることも可だ」
社会には必ず表があり裏がある。
目まぐるしい発展を見せる綺麗な世界があるのならば、昔から変わらず息を潜む汚らしい世界もある。
彼をそういう道に進めることも可能なんだよ。
五百万の借金をそれで帳消しすることもできる。
お前には別の男を用意して婚約させて「嫌だ!」
言葉を遮るように御堂先輩が叫んだ。
これには思わず脅迫者も瞠目。押さえつけられているイチゴくんもちょっち驚き、ゆらゆらと意識を漂わせていた俺も軽く肩を震わせた。
発言者はそんな苦痛は堪えられないと訴え、
「もし彼が売られるなら」
その前に僕が買いますよ。
自分が借金を負ってでも。
ああそうだ。自分が買えばいいんだ。
結論を出して、淳蔵さんに直談判を申し出た。
淳蔵さんは大笑いする。
「お前が買う?」それは予想だにしていなかった展開だと肩を竦める。
「お前の彼に対する執着には恐れ入った。男嫌いのお前がそこまで彼に首っ丈とはな。彼もそういう意味じゃ大変価値のある男だ。
安心しなさい、今の話は例え話。
彼は売らんよ。彼は庶民出ながら竹之内財閥や二階堂財閥、宇津木財閥とも深い友好がある。情に流されやすいが、とても使える男だ。
ふむ、そうだな。
玲、お前がそこまで豊福くんのことを好いているのなら、彼をお前に返してやってもいい。すべてを承諾することは出来ないが、お前の我が儘を聞いてやらんこともない」
勿論私の条件をクリアできたら、の話だがな。
それは御堂先輩にとって悪魔のささやき。意識が朦朧としている俺でも分かることだ。
得体の知れない畏怖が襲って仕方がない。
何を、この人は考えているんだろう。この人は、何を。
まさか、今度は俺を使って血の繋がった孫を利用する気じゃ。
思った刹那、がくんと体が揺れる。
「豊福を何処にっ」
彼女の声で自分が運ばれているのだと悟った。会長室の奥扉にある応接室に運ばれているらしい。
慌てて御堂先輩が後を追ってくる姿が視界の端に映った。
大丈夫と言ってやりたいのに意識がひどく朦朧とする。スピリタス、恐るべし。
どうにか自力で首を据わらせることには成功すれど、四肢には力が入らない。
腕を垂らして成されるがまま運ばれていると、博紀さんがそっと俺に耳打ちをしてくる。
その恐ろしい言葉は俺の耳にしか聞こえず、冷淡な声音で命じてきた。
現実逃避をするように目を閉じる。
ちょっとばっかし、体中を回る酔いが辛い。



