前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




「空さま、大丈夫ですか?」



俺の体を支えてくれているであろう博紀さんが、そっと声を掛けてきてくれる。

よって遠のいていた意識が浮上した。
 
相変わらずゆらゆら、ぐらぐら、ぐわんぐわん、世界が揺れている。

さっきよりも揺れ方が酷い。時間が経つに連れて、強すぎるアルコールが全身に侵食しているようだ。
大それた表現だけれど要するに今の俺は“酔っている”。

 
生真面目未成年くんは法律を守って二十歳までお酒は飲まないと決めていた。

酒に対する免疫は当然ない。そこに世界で尤も強い酒を飲まされたら、少量でも酔うに決まっている。悪酔いもいいところだ。

 
博紀さんの呼びかけに重たい瞼を上下運動させ、みず、と単語を啄ばむ。声が出ない。まったく出てくれない。
 
相手には通じたらしく、水の入ったペットボトルを口元に運んできてくれた。さっきよりも量は飲める。美味しい。

 
けれど同時に思い出したように食道から胃にかけて激痛が走った。

アルコール度数が強いせいだろう。水を飲むと体内で不協和音が生じる。
額に脂汗を滲ませ、うっ、うっ、と唸って目付けのスーツを握り締めた。胃が、食道が、体内が焼け爛れそう。

「もう少し度数の低いものでも良かったでしょうに」

心底同情してくる博紀さんは何かお考えがあってのことでしょうけど、と支配者を流し目にする。ニンマリと元凶は口角を持ち上げるだけ。それが不気味さを漂わせる。


刹那のことだった。
 
けたたましい開閉音が一室を満たす。

それは乱暴そのもの。
金具が吹っ飛ぶのではないかと思うほど荒々しく扉が開かれ、視線が出入り口に集まる。

 
「お、お嬢様」「そない強く開けんでも」


順にさと子ちゃん、トロくんの声が聞こえたのは幻聴だろうか?

いや、幻聴じゃない。
彼等を呼ぶ、イチゴくんの声が聞こえたから。

二人の名前だけじゃない。俺の耳が正常なら、彼は彼女の名前を呼んだ。


「御堂!」


耳が確かなら彼は王子の名前を呼んだ。
 
短く息を吐いて激痛を嚥下、力を振り絞って視線を流す。
夢を見ているのではないのかと、我が目を疑った。

だってそこには学校に行っているであろう、婚約者の仁王立ち姿があったから。守りたい彼女の姿がそこにいたから。


阿修羅のような表情で仁王立ちしている彼女の服装は、いつもと変わらない学ラン姿。
 
けれど久しく会うような錯覚に陥った。

それだけ一刻一刻、濃い時間を過ごしていたに違いない。


背後にいるのは蘭子さんにさと子ちゃん、そしてトロくん。

嗚呼、トロくんは学校だろうに……イチゴくんや俺を心配して学校をサボッてくれたのかな。


「あ゛―――ッ! やっと見つけたでっ、花畑! おまっ、ええ加減にせえよ! ほんま勝手のことばっか……っ、花畑!」


トロくんの怒声は淳蔵さんの合図で掻き消えた。
 
彼を拘束していた部下の人がイチゴくんを絨毯の上にねじ伏せたからだ。

血相を変えるトロくんに俺は大丈夫だとイチゴくん。

「それより空が」彼の誘導により、視線がこっちに集中する。

未だ博紀さんのスーツを握り締め、腹痛に耐えている俺は彼等に反応を返すことはできない。ガチで胃が痛い。スピリタスの威力パない。

「そういうことですか」

意味深に博紀さんが呟き、酔っ払いを横抱きにして立ち上がった。

「取り敢えず部外者は出て行ってもらおうか。おい」

淳蔵さんの命により御堂先輩は部屋に残され、後の訪問者が複数の部下の人に強制退室を強いられる。

連行されてしまった仲間を気にしつつも、彼女が俺を見据えた。


「やっと見つけたっ……豊福!」

 
王子は此処まで駆けて来きたのか、荒々しく呼吸が上がっている。
 
弱弱しく視線を持ち上げ、視線を合わせる。四分の一だけフランス人の血が混じっている綺麗な瞳が微かに揺れた。

痛みで遠のく意識の中、俺は理解してしまう。

相手にどれほどの不安と恐怖を与えていたのかを。離れたのはたった一日。されど一日。俺はこの人に多大な心配を掛けていたんだ。


「やはり来たな玲。お前は昨晩から今朝にかけて、私の自宅に留まっていたそうだからな。連絡をすれば来ると思ったよ」


尤も、居場所までは教えていなかったために随分と奔走したようだが。 

底意地の悪い台詞を吐き捨て、「よほど彼が大事なんだな」シニカルに口角を持ち上げる淳蔵さん。

「クソジジイッ」奥歯を噛み締めて殺気立つ御堂先輩に、「丁度良かった」今、彼に罰を与えていたところなのだと支配者が流し目にする。

一変して青褪める王子が俺の様子を見るや学ランの上衣を翻し、こっちに駆け寄って来る。


博紀さんが会長側の人間だと既に知っているのか、彼が俺の傍にいても驚く様子はない。俺の名を呼んで手を伸ばしてくる。


「豊福、僕だよ。分かるかい?」


うつらうつらと彼女の方に首を動かす。
 
ひゅ、ひゅ、喉を鳴らすように呼吸を繰り返す俺の前髪を払い、頬を撫でてくる王子に力なく笑った。

上手く頬の筋肉を持ち上げられているだろうか。
本当は名前を呼んであげたいけれど、それだけの力は出ない。

 
声が出ないんだ。頭はぐーらぐらだよ。腹はぐーるぐるだし。嗚呼、死にそう。


けど、先輩の方が泣きそうな顔。

泣かないで王子、悪いのは俺なんだから。淳蔵さんに逆らった俺が全部悪い。御堂家の糧になれなかった俺がわるい。わるいんだよ。


彼女の髪をクシャクシャにしてやりたくて、そっと手を伸ばす。

二、三回、髪を撫ぜてやると「ばかっ」君は本当に馬鹿だと頭を抱き締められた。

どれだけ心配したと思っているのだ、このうそつき。悪口(あっこう)をつかれる。

それすら遠く聞こえるのだから、いよいよ俺もやばいようだ。

 
完全に酔いが回っている。世界も腹もぐるぐるだよ、ぐるぐる。