「もし約束できるなら、その証明としてこれを飲んでみてくれないか?」
デスクの上に小さな小瓶が置かれる。
茶色い小瓶は何やら妖しい臭いがむんむん漂ってくるんだけど。
ナニコレ、まさか毒とか言うんじゃ「毒だよ」
ポイズン?
えぇええええっ、嘘だろ?!
俺に死ねと言うんっすか! 一応アータの命令で婚約を控えた身の上なんっすけど!
博紀さんの腕から抜け出し、淳蔵さんの前に立つ。
おずおず小瓶を手に取り、相手をチラ見。ニッコリニコニコ顔が威圧感を感じさせる。
「あの……、毒、なんですよね?」
「怖いかい? 大丈夫、死にはしないから。私が可愛い孫と思っている君を殺すわけないだろ?」
いやでも、たった今、毒って言いましたよね。これ。
可愛いと思ってくれるなら、普通毒なんて渡さないっすよね?!
「ちょっと試すだけさ。なあにちょっと眩暈を起こしたり、刺すような痛みが襲ったり、吐き気を起こすだけだから」
ははっ、≪それだけ≫でも大層なことっすよ。
痛みや眩暈、吐き気って相当じゃないっすか? それを俺に煽れと? ご冗談を。
「会長。まさかあれは……、さすがに不味いですよ。空さまは未成年ですよ。免疫など皆無に等しいかと」
「ふふっ、安心しなさい。微量だ」
「空っ……、まじやめとけって! 何が起きるかッ、分からないぞ!」
「ふふっ。向こうの少年はとても威勢が良いね。けれど少年、君の行いで家庭が崩壊するかもしれないんだ。静かにしておきたまえ」
「なッ……、ざけんな金持ち! 金があるからって勝手に人の家庭に……、手を出すなんてっ、極悪非道極まりないぞ!」
焦った声音が宿っている。
イチゴくん自身も淳蔵さんの恐ろしさがじわりじわりと伝わってきたのかもしれない。
「大丈夫」俺は人質に返した。そんなことはさせないから、意気込んで小瓶の蓋を開ける。死にはしないだろう、死には。
何が起きるか分からないけど、イチゴくんは俺を助けるために走ってきてくれた。支えてもくれた。励ましてもくれた。
なら、俺も彼のためにできることはしよう。どうせ今此処で毒を拒んでも、イチゴくんと俺に更なる悪い条件が押し付けられるだけだ。
それならいっちょ、
「まっ、そ、そら! 飲むなッ、飲むなって―――!」
味わう前にごくりと液体を嚥下。
「の、飲んじまった」空のバカヤロウ。死んじまったらどうするんだよ。
頼りないイチゴくんの声を耳にしつつ、俺は大きく咳き込んだ。
持っていた小瓶を落としてしまう。
どろっとした液体が喉が焼く。その感覚は灼熱そのもの。刺すような刺激と共に口の中の水分が一気に蒸発した。
時間差で平衡感覚を失う。
「そ、空!」
やばいか! まじやばいか! なら吐けよ! イチゴくんの怒号すら今は遠い。
とにかくやばいのなんのって、なにこれ、世界が回っているんだけど。回る、世界が、まわって。
かくんと両膝が折れる。
目の前に淳蔵さんがいるとか、そんなの気にしている余裕はない。その場に崩れてしまう。
イチゴくんの悲鳴が遠い。
状況判断ができない。
世界がただただ回っている。俺も回っている。誰も彼もが回っている。
忙しなく肩を上下に動かして天井を見つめていると、「空さま」颯爽と俺の隣に膝をつき、体を抱き起こしてくれた。
多分、中身を知っていたのだろう。
溜息をつき、言わんこっちゃないと眉根を寄せる。
部下に水を持ってくるよう指示して、「会長。悪趣味ですよ」博紀さんが憮然と意見した。
「空さまにスピリタスを盛ったでしょう? 以前も同じようなことをしてらっしゃいましたし」
「可愛い試練だろ?」ウィンクする淳蔵さんは悪魔極まりない。現世の閻魔大王かも。
「スピリタス? なんだよそれッ!」
まだ俺の身を心配してくれるイチゴくんが答えろと言わんばかりに焚きついている。
「お酒だよ」博紀さんが簡潔に答えた。ただし世界で一番強い酒と称されるもので、アルコール度数は90度を超えるとか。
世界最高純度のスピリッツらしく、煙草と一緒にこれを飲もうとすればボンッ! 発火してしまう大変危険なお酒らしい。
飲み方を間違えなければ美味しく頂けるものの、ストレート一気飲みは危険も危険。急性アルコール中毒になりかねない。



