「君か。あの博紀の手を煩わせている少年というのは。昨日は随分暴れ回ってくれたみたいだね。
名前は確か花畑翼。花畑丈弘と笑子との間に生まれた長男で一人息子だったね。母親の旧姓は鰺坂(あじさか)と少々変わっていたとか。
豊福くんとは隣人関係だったことも聞いている。君達は随分仲が良いようだね」
ギョギョッと心臓を飛び上がらせてしまう。
なんで淳蔵さんがイチゴくん家族の個人情報を……、財閥の人間って一々情報網が長けているというか、広いというか、それが怖いというか。
まさか一晩で調べさせた?
さすがのイチゴくんも自分の家の個人情報を調べ上げられていることに驚きを隠せないようだ。
目が真ん丸お月様になっている。
その表情に一本取ったとばかりに目を細め、「大半のことは分かっているんだ」調べる時間は要さなかったと淳蔵さんは意味深に頬を崩した。
嫌な、予感が、絶頂に達する。
「豊福くん。今度は自分の人生でなく、誰かの人生を潰してしまうかもしれないよ?」
刹那、がくんとイチゴくんの膝が折れた。
「イチゴくん!」
俺も両膝を折って後頭部を押えている友達に声を掛ける。
「だ、いじょうぶ」
後ろからド突かれただけだと呻く彼はなんてことないと強がりを見せてきた。
犯人はイチゴくんを見張っていた部下の人。
軽く手を振っている様子が見受けられた。
「高校は義務教育ではないからね。彼が一ヶ月も学校に通えなかったら、君でも分かるだろ? 留年ならマシだろうね」
肝が冷えると同時に、イチゴくんが部下の人の手によって無理やり立たされた。
「あっ!」何をするんですか! 慌てて手を伸ばすけど、移動させられる友人の指を掠めただけ。
急いで立ち上がり後を追う。
けど博紀さんの腕が俺の体を拘束してきた。
放してくれと暴れるけど効果はなし。
振り払うことがどうしてもできない。
その間にもイチゴくんは大きな大きな窓辺に立たされた。
胸倉を掴まれて、ガラス板に背中を押し付けられる姿は俺をより焦らせる。
「12階から落ちたら、さぞ痛いだろうね」
他人事のように淳蔵さんがおどけた。
ちっとも笑えない俺は、「まさか」最悪の事態を想像してしまい、生唾を飲んでデスクに視線を流す。
「まさか」大袈裟に肩を竦める淳蔵さんは、此処の窓は開かないから安心しろと告げてきた。
「ただね。君次第で彼は12階から落ちるような人生を歩むかもしれない。それもさぞ痛いだろうね、精神的に」
言葉には確かな重みを感じられた。
「いッ、イチゴくんは財閥とは無関係の人間です!」
「ああ、そうだね。でも君と関わりを持っている人間ではある。無関係とは言い切れないだろう?」
悪意ある微笑み俺は挫折したくなった。
この人は次から次に、人の大切なものを盾にとって命じる人間なんだな。
そうやって財閥を盛り上げていった人間なのだと、財閥に片足を突っ込んでいる駆け出しの俺でも容易に想像がついた。
だからこの人は恐れられているのか、財閥界から。
「俺は何を、すればいいんですか?」
項垂れて相手に尋ねる。
「そらっ…」駄目だと声を振り絞ってくるイチゴくんは次の瞬間、また苦しそうに声を上げた。
胸倉を掴まれていることで呼吸をじわじわと止められているんじゃ……、恐怖が込み上げてきた。
「今度こそできると約束できるかい?」
私はあまり、君に信用を置いていないんだよ。
淳蔵さんは意地の悪いことを物申してくる。



