前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



扉を閉める音がやけに鮮明に聞こえる。

口内の水分は一瞬にして蒸発。
ドッドッドと高鳴る心臓はどうしようもないみたいだ。


無理やり思考を回し、取り合えずこんにちはの会釈。

肩を竦めて挨拶を返してくれるけど、なあにを考えているのかはぶっちゃけ読めない。

何処か冷めている眼が俺を捉えてくる。
 

「そんなに緊張せずとも、取って食おうなんて物騒なことはしないよ」
 

淳蔵さんなりのジョークなのかもしれないけど(ちっともワロエナイ)、食われた方がまだマシっす!

頭からかぶりつかれてお仕舞いならそっちがいい! 
  

何も返せない俺を面白そうに笑いプレジデントチェアに凭れる淳蔵さんは、

「君に教えたことはなんだったかな?」

早速話題を振ってきた。


緊張ですっかり顎が重くなっているけど、気合で動かし、今度こそ言葉を返した。

「御堂家の糧になることです」と。


そうだね、淳蔵さんはよくできましたと一笑を零す。
 

「では次の質問。私は君に糧になるよう、どうしろと言ったかな?」
 
「御堂家のために……、生きて、死ぬよう言われました」


口の中がパサパサしてきた。


「正解だ。なのに君は反した行為を起こしてくれたね。残念だよ、もう少し物分りの良い子だと思っていたのだけれど」

 
いや、アータの命じたことは無茶苦茶だったっすよ!

財閥のデータを盗めだの、肉体関係を持てだの、浮気しろだのっ、例え物分りが良い子でも目をひん剥くと思うんですけど! 


反論したい気持ちは俺の家庭に背負っている借金事情によって嚥下される。

無茶苦茶でも何も言えない。
俺に言う権利なんてないんだから。


これっぽっちも、さ。


大袈裟に溜息をつく淳蔵さんに身が萎縮してしまう。

強張っていく体はこれから先の未来を簡単に予測した。
タダじゃ済まされない、と。


「博紀から聞いたね?」


問いに俺は頷く。

多分、婚約式と両親との絶縁とこれからの生活についてだろう。

宜しい、満足げに口角を持ち上げる淳蔵さんは命じたことは絶対だと再認識させてくる。
 

「絶縁は自身の行為が災いしたと思いなさい。成功していれば、君は今までどおりの生活を送れていたのだから。本当はね、御両親にも責を負ってもらおうと思ったのだけれど」


ビクッと肩が跳ねてしまう。


「さすがに可哀想だと思ってやめたよ。親族になろうと、彼等は財閥とは無縁だからね。しかし、君の行動一つで親不孝をしたのは確か。反省はしなさい」
 

まるで被害者振るな、と言われているようだ。

「はい」弱弱しく返事する。

例え俺が悪くなくても、此処は肯定の返事をしておかないとこっ酷い目に遭うのは一目瞭然だ。従順になっておくべきだろう。



「あのさ、じいさん。それって空が悪いのか? さっきから聞いていたんだけど、どう聞いてもじいさんが無茶苦茶じゃん!」



背後から飛んできた反論に俺は驚き返る。

慌てて振り返れば、部下の手を振り払ってズンズンとこっちに歩んでくるイチゴくんの姿。


ぎゃぁあああ! イチゴくんがいることっ、すっかり忘れていたよ!

だ、ダメダメダメ!
幾ら台風の子ICHIGOでも、コードネームが三河屋でも、マイペースと異名を持つ男でも、淳蔵さんの前で生意気な口を聞いたら命が無い!


「おっかしいじゃんかよ!」


俺の隣に立ってビシッと相手を人指差すイチゴくんに、


「淳蔵さまの悪口(あっこう)は噤んで!」


と注意する。


知るかと鼻を鳴らすイチゴくんは、俺は財閥の人間じゃないし、と得意げに親指を立てた。

グッジョブじゃないからね、イチゴくん!

あたふたする俺を余所に淳蔵さんは意外にも笑声を零してきた。


ギョッと驚いてしまう。


え、まさか、今のを笑って許してくれた……カンジ?