「いいか。空さまは多忙の身の上なんだ。お前がどうこうスケジュールを決める筋合いなんてない。朝食を食べ終わったら、すぐに学校へ行くんだな。小癪だが送ってやる」
「うっはー! ニーチャン、今日も上から目線絶好調デスネ!
そんなに言われたら俺っ、もっと空といたくなっちゃうじゃないですか! 三河屋はもっと小癪なことをしたくなるのですが!」
ニコッ、ピキッ。
どちらがどちらの表情を作ったのか、察しはつくと思う。
俺は双方を一瞥しつつ、息を潜めてスープを口にするしかできない。
「人がしたてに出て優しくしてやればつけやがって」
口汚くなる博紀さん、
「うわての間違いだろニーチャン」
茶化してくるイチゴくん。嗚呼、空気がやばくなってきたぞ。
「今日は何が何でも帰って貰うからな。クソガキ! お前のせいですべてのスケジュールが狂っているんだ!」
「今日も何が何でも泊めて貰うからな。クソニーチャン! お前のせいですべてのスケジュールが狂っているんだ!」
「おまっ、僕の真似かい? 小ざかしい」
「おまっ、俺の真似かい? 鬱陶しい」
「……ッ、殺す!」
「……ッ、生きる!」
はじまった、はじまっちゃった。
食事中だというのに椅子を倒して博紀さんから逃げるイチゴくんの手には、ちゃっかしデザートの入ったカップが。
「うましうまし」
ご機嫌に感想を述べる余裕さに憤怒した博紀さんは、おとなげなく相手を追い駆け回している。
ただでさえ倦怠感に悩まされているのに(イチゴくんも同じ症状に悩まされているのに)、部屋で騒動を起こしてもらうのは勘弁してもらいたいんだけど。
(こんなんで大丈夫なのかな……、先が思いやられる)
婚約式まで日が無い。
慌しい朝食を取った後、俺は博紀さんの手によって着替えを強いられた。
着る服がないから制服になるつもり満々だったんだけど、「貴方は財閥の後継者ですよ」辞める学校の制服を着てどうするのだと叱られてしまった。
ここで俺はようやく倦怠感から少しだけ脱し、不味い状況下にいることを思い出す。
そうだった俺、学校をサボったんだ。特待生なのに。今日は英語の課題を提出しないといけなかったのに。
少し先の未来より、今日という現実問題に目が向いてしまう。
軽い現実逃避を起こしているのは言うまでもないよな。
「普段着は後日僕と買いに行きましょう」
ゼンッゼン嬉しくない約束を取り付けられ(だって博紀さんと買い物ぉ?)、俺は真新しいスーツに着替えた。
しっかりと博紀さんからネクタイを締められ、姿見で確認するよう指示される。
鏡の向こうに映っているのは時期財閥の若旦那、ではなく、これから就職活動を頑張りますって意気込んでいる少年だ。
正直、財閥の面影も無い。
「空も大変だな。制服でも良いだろうに」
他人事のように俺の不運を同情するイチゴくんは、始終暇そうにソファーの上で寝転んでいた。
そういえばイチゴくんも学校をサボったんだよな。授業は大丈夫…、かな? 高校は欠席、欠課が響くから。
「イチゴくん、俺に構わず授業に出てきていいからね。出席は稼いでおかないと」
「大丈夫ダイジョーブ。いつもはちゃんと出席しているから。俺、空と帰るって決めているし?」
フフンと得意げな顔を作るイチゴくんに微笑を零す。
博紀さんは不満げな顔を作っていたけど、俺自身、彼の一語一句が励みになる。
お目付けがいるから、決して表には出さないけどさ。



