喧騒な朝を過ごした鈴理は一旦自分の所属する教室に身を寄せ、早速得た情報を次女に送ることにした。
午前中は授業に出る予定だ。
緊迫した状況下だが、もしかしたら元カレが教室に赴く可能性があるかもしれない。
それこそ万が一の可能性だが無いとは言い切れないため、こうして教室で時間を過ごしている。
なにより下手に奔走していても好い結果は生まない。
鈴理は姉に一報をよこし、向こうの指示を待つことにしていた。
元カレのバックにいる相手は一筋縄ではいかないのだ。
血縁者である玲でさえ、相手を嫌悪しようと基本的に祖父の指示には従っている。
自分の父も御堂淳蔵には怖じを抱いているのだ。
慎重に行動を起こしたい。
身に入らない授業を受けつつ、鈴理は幾度と無く玲に連絡を取ろうと試みた。
授業中はメールで。
授業前10分休みは電話を掛けてコールを何度も耳にした。
しかし相手は出てくれない。
「あいつは何をしているのだ」
発信をキャンセルして舌打ちを鳴らす。
気付いていない筈はないと思う。
向こうだって肌身離さず携帯を所持して、婚約者の連絡を待っていることだろう。
ということは故意的に無視されている可能性が大きい。
それは何故? 疑問は泡沫のように浮上しては消えていく。
片隅では理解していた。
彼女は自分をライバル視しているのだ。
誰の手も借りず、自分の手で婚約者を助け出したいと願っている。
少なくとも元カノの自分の手は借りたくないと強く思っていることだろう。
そんなこと言っている場合ではないだろうに。
(だが気持ちは分かる。痛いほどに)
あの男嫌いの玲が本気で一人の男を愛し始めている。彼女は本気も本気だ。
感情的に宣戦布告してきた昨日(さくじつ)を思い出し、言い知れぬ切なさを感じる。
彼女のことは発破を掛け合う好敵手だ。
同時に好き友人として理解してきた。
彼女の男嫌いの内面に触れたこともあるし、逆に自分の家族評価に対して助言してきてくれたこともあった。
お互いに変人と呼ばれた令嬢だ。
重視する価値観は違えど、彼女の存在は自分と一番近い場所にあるのではないだろうか。
だからこそ同じ相手を好きになったのかもしれない。
(正直、玲があそこまで入れ込むと思わなかった。あいつがあそこまで好意を寄せるとは思わなかったんだ)
自意識過剰な発言をすれば、自分の好意よりも思いは浅はかなものだと思っていたのだ。
けっして軽んじていたわけではない。
ただ自分の思いに達することは無いと思っていた。
中学時代から彼を知っている自分の方が思いの丈が強いと自負していたのだが、見当違いだったようだ。
玲は玲で地道な恋心を募らせ、努力してきたのだろう。
その結果が実を結び、彼女は婚約者に守られたのだ。
玲はすこぶるショックを受けたことだろう。
自分も経験があるため、彼女の気持ちは痛いほど分かる。
自分が守ると強く宣言しているほど、守られた時のショックは計り知れない。
攻め女受け男とはいえ、所詮男と女。
いざとなったら元のポジションに戻ってしまうのかと数日は落ち込んだものだ。
大雅はそれでいいのだと言っていたが、自分は受け入れがたかった。どうしても。
“僕は豊福が好きだ。誰よりも好きだ。男になりたいと思う僕を理解してくれているあいつも、照れているあいつも、甘やかしてかしてくれるあいつも、全部好きなんだ”
携帯を開き、メール画面を起動。
“いつの間にか、本当になくてはならない大切な人になっていたんだ”
アドレスを玲宛にすると、件名を空白にして本文を選択。
“あいつは馬鹿だ。逆らえばどうなるか分かっていたくせに、両親至上主義のくせに、これからの両親の立ち位置よりも僕の未来を取るなんて。
僕はッ、こんな形で守られたくなかった。こんな形で……っ、鈴理、君にだって譲らないし負けない”
―――…電源ボタンを押して待ち受けに戻すと、ひとつふたつ溜息。
荒々しく髪を掻き撫ぜて呻いた。
通信機具では無意味だ。
直接相手と顔を合わせなければ。
仮に電話が取ってもすぐに切られるだろうし、メールは削除される可能性がある。



