前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



本気で助けを求めている人間に、中途半端な気持ちで関わっても余計相手を傷付けるだけだ。否、自分も傷付く。


だからアジは発破をかけたのだと無愛想に肩を竦めた。

小生意気な態度を取っていても、双方に気遣っていたのだと鈴理は悟る。


「羨ましいほど男前だな」


あたしもその男前な一面を分けて欲しい、軽い羨望を口にして携帯を放り返す。

その際、「あんたのアドレスも取ったから」事後報告を添えて。


片手でキャッチするアジは煽てても何も出ませんから、と微かに笑みを作る。


「それに貴方は俺以上でしょう? 空は常々口にしていましたよ。貴方の隣に並んでいると、男のレベルがどんどん下がっていく、と。それだけ男…、いえ、女前なんですよ。竹之内先輩って。
……俺達にできることはお手伝いします。けれど庶民じゃ手に触れられない領域がある。そこのところは先輩方、宜しくお願いしますね」
 

頼りにしていますから。
 
颯爽と踵を返すアジ。

「美味しいところは全部自分が言っちゃって」

僕の株を上げる配慮はしてくれないの? 後を追うエビが此方に会釈した。


彼等と共に昇降口に戻っても良かったが、気分的になんとなく二人の背を見送りたかったため、鈴理は後輩の背をいつまでも眺めていた。それこそ姿を消してしまうまで。


呼び鈴が鳴り始めると同着で、


「しおらしい顔してるぜ?」


ぶっちゃけキモイ、背後から悪態をつかれた。

ついに乙女に目覚めたか。なら俺的に万々歳なんだが……、いやでもキモイ、好き勝手言ってくれる婚約者に煩いと鼻を鳴らす。

誰がしおらしい顔をしている、だ。

確かに片隅で女々しい気持ちを抱いたが、今はそんな気持ちに駆られている場合ではない。ないのだ。

 
「手前の身分のことでも考えていたのか?」
 

自分に言い聞かせていた矢先に的を射る疑問が飛んできた。

間髪容れずに否定を返せたのならば、きっと相手も自分の誤魔化しに便乗して何も触れずに終わっただろう。

しかし歯切れ悪い態度しか取れず、結果的に黙然の肯定を表してしまう。

情けないこと極まりない。


「大雅は財閥という身分で幸せか?」


誤魔化しが聞かない以上、自分から話題を振って極力、弱い面を見せないよう努めるしかない。

疑問を疑問で返すと、「わかんね」生まれた時から財閥の人間だった自分にとってこれが幸なのか不幸なのか判断がつかないと率直に返答してくる。


「ただ」大雅は言葉を重ねた。


「この現状を否定しちまったら、今の俺様すら否定しそうだ。財閥の環境があっての俺様だと思うし。
仮に俺が庶民の環境で生まれ育ったら、そりゃ別の俺なんじゃねえかと思う。だから俺は今の環境を否定することはねぇよ。それが幸でも不幸でも」
 

ロールミート系男子のくせに一丁前なことをほざく。

微苦笑を零し、鈴理は瞼を下ろした。

 

「あたしは時々無性に庶民の生活が羨ましくなる。もしも自分が財閥の令嬢でなければ……、空は令嬢と付き合って不幸ばかりだな」



ゴンッ。
次の瞬間、頭上に痛いチョップが落ちてきた。

「何をする!」

女に手をあげるなど言語道断だぞ!

常識を唱えると、


「世の中男女平等でーす」


己の行動に対する正当性を訴えられた。ガッデムである。


素知らぬ顔で腕を組む婚約者はフンと鼻を鳴らして、「バッカじゃねえか?」なに辛気臭いことを思っているのだと毒づかれる。


「今からンな気持ちでどーすんだよ。テメェ、死ぬ気で環境を変えるんじゃなかったのか? 助けるんじゃねえのか?

令嬢と付き合って不幸?
テメェな、豊福を好き勝手しておいてそりゃねえだろ。俺が豊福なら嘆くぜ。『人の気持ちをかっぱらっといてそりゃねぇっす!』とか言うんじゃね?」


テメェは豊福の気持ちを落としているんだぞ。
分かっているのか?

玲がこれを聞いたら張り手もんだ。怒鳴られるぜ、きっと。
 

たとえお前と破局しても、玲の婚約者になっても、過ごす時間がすれ違っても、あいつはまだお前を想っている節がある。


それだけドデケェことをお前はしたんだよ。
人の気持ちを落とすってそういうことだ。


俺からしてみりゃまーじ羨ましい限りだぜ。

自分の気持ちを大切にして相手にアプローチをかけるなんざ。


……俺にはできねぇよ、俺にはな。
 

身分差で悩むのはしゃーねぇ。

けどそれを理由にして逃げるな。

不幸の一言で片付けるなんざ、むないじゃねえか。