三拍ほど呼吸を置いた後、「お二人を信用してもいいんですよね?」アジが畏まった態度を取った。その態度の中には確かな棘が垣間見える。
思わず瞠目する鈴理に対し、アジは花畑の連絡先を教える前に答えて欲しいのだと条件付けてきた。
二人を信用しても良いのかどうか、を。
「本多」エビが物言いたげな眼を送っている。
気付かぬ振りをするアジは一個人としては、連絡先を教えることに躊躇いと疑念を抱いている、と物申した。
「あいつは、空は、財閥の都合で振り回されてばかりなんですよ。世継ぎ問題で破局させられて、諸事情で世継ぎ候補に挙げられて、極めつけは財閥のデータを盗め?」
なんだそれ。ふざけるな。冗談じゃねぇ。
あいつは道具じゃない。一端の人間なんだ。
金の有無や身分うんぬんで振り回され続けたあいつだってあんた達と同じ人間なんですよ!
盗めなかったから、はい、学校をやめましょう。
名前を捨てましょう。
思い出も何もかも奪いましょう。
人の人生を舐めているとしか言いようがねぇよ!
……なんであいつばっかり、辛い思いをするんだよ。
財閥界と繋がってしまったから、だから、辛い思いをするのか? だったらあいつは知らない方が良かった。
庶民の世界だけで十分幸せだった筈なんだ。
まったく縁のなかった財閥界と繋がったばっかりに、馬鹿みたいに振り回されて。馬鹿みたいに無理して。馬鹿みたいに人のことを気遣って。
知らない方が幸せだったんだ。
庶民出身のあいつにとって、財閥界の世界なんて、知らない方が。
「俺自身、金持ちに恨みはありませんけどね。財閥がこんなくだらないことばかりする世界なら、いっそ関わりを持たない方があいつのためだったんじゃないかとすら思うんですよ。
ほんっと馬鹿みてぇじゃんか。なんで財閥のために自分の人生を棒に振らないといけないんだよ」
「本多は少し、言葉をオブラートに包んだ方がいいよ。許せないのは分かったけど、二人に当たってもしょうがないじゃないか」
「うっさい」鼻を鳴らすアジを流し目にしてエビが溜息をつく。
力なく眼鏡を掛けなおし、彼に代わって口を開いた。
「本多の暴言はご了承くださいね。それだけ悔しい思いを噛み締めているんですよ。空くんに羨望を抱かれているから、本多も率先して兄貴分に立とうとしていたんですけど」
でもいざという時に気付けなかった。
いつも行動していたのに、身分で悩んでいることにも気付けなかった。
破局を聞いて初めて身分に悩んでいることを知りました。
借金で落ち込んでいることにも気付けなかった。
婚約の裏事情を聞いて初めて家庭事情を知りました。
盗みを強制されていることにも気付けなかった。
メールを貰って追い詰められているんだと知りました。
僕達は気付けなかった。
いつも、遅れて気付かされるんです。
だから本多は悔しい思いを噛み締めているんですよ。勿論、僕も。
「そんな時初めて、空くんが初めて、僕達を頼ってきたんです。空くん自身の口から“助けて”と言われました。いつも出来事を事後報告してくる空くんがですよ。
それだけ現状に参っているんでしょうね。逆を言えば信用を置いてきてくれたと言えます。空くんは確かに“助けて”と言ってきてくれた。なら僕等は動くしかない」



