「さてと。おどけるのはこれくらいにしようか」
と、楓が空気の換気をするように話題を打ち切る。
兄貴も馬鹿をしていたじゃないかと白眼視を送る大雅だが、楓の表情に面食らう。
それは暴走していた鈴理も同じで、彼の纏う空気の温度差に意表を突かれていた。真衣だけは微笑を送っている。
二人が驚愕するほど真顔を作っている楓は、眼鏡のブリッジを押して目を細めた。否、眇めた。
「僕の可愛い弟妹の将来を救ってくれた豊福くんを助けることに全力を尽くそう。それだけじゃない。
このままじゃ豊福くんだけじゃなく、玲ちゃんも危なくなる。御堂淳蔵の毒牙に掛かってしまう。
御堂淳蔵が関わっているなら好都合、この際、僕の野望の一歩を踏み出そうじゃないか」
「あ、兄貴?」
おっとり電波系男子が物騒なことを口走り始めたため、大雅が声を掛けるが楓は止まらない。
「御堂淳蔵め。よくも人の可愛い弟妹の将来に手を出そうとしたね。それだけじゃない、弟妹の大事な友人にまで。ふふふっ、このお礼は必ずするよ。必ず」
一人間の人生を弄ぶご老人の姿が目に浮かんでしょうがないね。
どうせ保守的なお考えの下、起こした行動だろう。
露骨に誰かの心を傷付けて上へ上へ伸し上がる。
誰かの幸せを砕いてまで存続の道を歩む。自分の世界を守ろうとする。だから嫌いなんだよ、今の財閥界は。
随分とぬるい世界がお好きみたいだね。財閥界とやらは。
だったら冷水を浴びさせようじゃないか。
「大雅。鈴理ちゃん。二人は今晩、もう一度データを洗って。“共食い”は御堂淳蔵が噛んでいるに違いない。
親を説得するためにも、何処の企業がより“共食い”されそうか洗うんだ。
そして明日になったら玲ちゃんとコンタクトを取ってみて。直接会うことをお薦めするよ。電話よりも効果的だろうから」
御堂淳蔵の動きが分からずじまいでは下手に動けない。
そろそろ玲が何か掴んでも良さげだと楓は言う。
動きが分かり次第、此方に一報を寄こすように命じてくる楓は次に真衣に視線を流した。
「僕と来てくれるね?」「ええ」間髪容れず返事する真衣に満足げに笑い、彼は独り言のように呟く。
「マティーニ。通称カクテルの王様。マティーニを制す者は、すべてのカクテルを制す。だったら僕はマティーニになる。いつか必ず他のカクテル達を制す」
「おい兄貴」それってどういう…、まさか百合子を泣かせるような危ねぇマネをするんじゃ。
大雅の懸念を右から左に流す彼は鈴理に歩み、「USBメモリを貸してくれない?」と手を差し出す。
その際、鈴理のUSBメモリではなく、空が忍ばせたUSBメモリを貸して欲しいと付け加えて。
「いいですけど、あいつの謝罪文しか入ってませんよ?」
「うん。分かってるよ。悪用はしないから」
ニコニコ顔で言われてしまったら断る理由もない。鈴理は持っていたUSBメモリを楓の手の平に落とした。
「ありがとう」
至急保存したいデータがあるのだとウィンクし、楓は真衣を呼んで部屋を出て行く。
結局、楓の口にした決意が抽象的過ぎてよく理解ができなかったが、彼が主力になって動いてくれるのは把握できた。
「大丈夫なのかよ」
大雅は心底心配を寄せているようだったが、今は言われたことをするしかない。
鈴理は大雅の自室にあるパソコンを貸してくれるよう告げ、彼と共に一晩を明かしたのだった。



