「まがいものでも、今はお前の婚約者だ。何かあればお前を任してくれた俺が豊福にぶっ飛ばされちまう。
いいか、鈴理。一人で動こうとするな。相手は財閥界の実力者だ。トップもトップ、まず敵いっこねぇ。それを念頭に置いとけ」
「分かっている。あたしもそれは十二分に承知している。だが、」
「時間が経てば経つほど焦っちまうもんだ。心中察してやる。
そんな時ほど冷静な対応が必要なんじゃねえか? 俺達の手にはデータもあンだ。下手に動けばまた狙われかねないぞ」
ご尤もな意見を飛ばされ、鈴理は下唇を噛み締め、握っていた窓枠に力を込める。
「あいつには守られてばかりだ」
守る守ると約束しておいて、いつも土壇場で守られてしまう。それが悔しくて仕方がない。これが男女の差なのか。
いざという時に限って羨望を抱いている男のポジションに立てられなくなる。
情けない話だと鈴理は苦言した。
大雅にそれでいいんじゃないかと言われても、鈴理は受け入れることが出来ない。ただただ夜景を睨む。
「あたしは男ポジションに立ちたいんだ。守れる女になりたい。なにより」
「鈴理…」
「空をあーしてこーして雄々しく食らい、存分に泣かせたいのだ! 現にあたしはあいつの腰やら鎖骨やらその他諸々に何度誘われたかっ! こんなことなら空に誘われた時に美味しく食っておけば良かった!」
ぐわああっ、一生の不覚だ!
髪を振り乱して悔恨の念を口にする鈴理に、大雅はいつまでも三点リーダーを頭上に浮かべる。
数秒前までのシリアスムードはいずこ? である。
「空の体、きっと美味なのだろうな」
キスすら許されなくなったあたしにとって攻められないのは生き地獄だと一変してズーンと落ち込む婚約者。
トントンと窓枠を突いて落ち込んでいる。
間違っても女性が発言して良いものではない。
「鈴理さん…、大丈夫ですよ。今からだって間に合います。力を合わせれば、乗り切れますよ! 分かります。鈴理さんの欲はとても分かります」
便乗する真衣は両手で頬を包み、「私も同じ欲を抱いていますもの」と不謹慎なことを物申し始めた。姉妹揃って暴走を始めた。
「分かってくれますか、真衣姉さん! あたしの気持ち!」
「はい。とても。腰や鎖骨、魅力ですものね」
「そうなのですよ! いつだって手を伸ばしたくなる誘惑があるというか!」
「表向きではイヤイヤと口走りながら、つい期待してしまうものですわ。腰や鎖骨」
「どうしてあんなに触りたくなるんでしょうね。元カレは魔性の男でしょうか! いや大雅も触りたくなるにはなるのですが!」
「手を伸ばされた先に待っているのは甘味の快楽なのでしょうね。キャーッ! そんな、キャーッ!」
「嗚呼、触りたい。欲求不満になりました! 欲の空腹だ!」
「嗚呼、触れられたい。欲求不満ですわ。やだ、私ったら」
かみ合っているようでまーったく会話がかみ合っていない、この姉妹。
正反対の欲を抱いているゆえに言っていることが真反対である。
白い目で姉妹の様子を眺めていた大雅は真面目な話をしていたんじゃないのかと心中でツッコむ。
「ちょっと二人とも!」
ここで楓が二人にご意見した。
珍しく二人をツッコむ勢いだったため、大雅は兄に期待を寄せたのだが甘かった。
「おイタな話をすると僕等がオオカミになるかもしれないよ! 男はいつだってオオカミなんだ! ガオーッ!」
電波兄貴に期待を寄せた俺が馬鹿だった。
ここにはまともな人間がいないのかよ。
「帰りてぇ」暴走人間の集いについていけず、深く溜息をついてしまう。
美形俺様くんもつくづく貧乏くじを引いてしまうタイプのようだ。