【二階堂家・客間にて】



「うん、こうなったものはしょうがないよね。どうしょうもないから諦めましょう!
いやぁ僕の睨んだとおり、やっぱり御堂淳蔵は豊福くんを使ってきたね。僕の勘は鋭いや。探偵になれるかも。

豊福くんを助けたいけど、助ける義理もないんじゃない?
ほっらぁ彼も結局は向こうの命令に従おうとッ、イデデデデデッ! ウソウソっ、冗談だって! 真面目に考えるからっ、真衣ちゃんっ、脇腹はナシ!」
 
 
嘘、冗談、タンマのストップ!
 
ロングカウチタイプのソファーの上で身悶える二階堂長男は危うく持っていたグラスを落としそうになった。

氷一杯のグラスの中身はオレンジジュース。

零せば白無地のカバーが汚れること間違いない。


どうにかガラステーブルにグラスを置き、抓りの制裁に耐える楓は「ごめんって!」隣に腰掛けている女性に視線を流す。


満面の笑顔を浮かべて制裁を下しているのは竹之内次女。目はまったく笑っていない。

抓っていた手を放し、

「言って良い冗談と悪い冗談がありますのよ?」

と畳み掛ける始末。


眼が語っている。

私の妹を傷付ける言動はおよしになってくださらない? でなければこれだけでは済みませんわよ、と。


威圧的な眼にたじろぐ楓は指遊びをしつつ生唾を飲み込んで、「場を和まそうとして」と弁解してみる。が、真衣の射抜くような眼光に口を噤むしかない。



こうなれば弟妹に助けを求めよう。

救済の道を見出すため、向かい側の二人に視線を流す。

けれど真剣な眼差しと憮然な眼差しがそこにあるだけ。

救いの手は差し伸べられそうに無い。


そこで楓の取った手段は素直に「ごめんなさい」の謝罪。

これが最善の策だと考えたのだ。
 


ようやく真衣の空気が緩和する。

「今度馬鹿なことを仰るようなら」

窓から放り出します。此処は三階ですので骨折するかもしれませんね。

丁寧な口調で物騒なことを言われ、楓はたらっと冷汗を流した。


真衣ちゃん怖い、めちゃ怖い。
鈴理ちゃんと関係が良くなり始めたからか、すっごく怖い。

嗚呼、もう馬鹿はやめよう。


しっかりと心に誓うものの、また馬鹿をしそうだと楓は片隅で予感を感じていた。



一方、真衣の表情は憂慮に変わる。
 
  
「そうですか。空さまは玲さんのところから姿を消しているのですね。……その後のことは?」

「分かりません。空は行方知れずです。婚約者の玲が血眼になって捜していると思うのですが…、あいつは自分を犠牲にしてあたし達の未来を選んだ。今頃どこでどうしているのか」
 
 
強制されていたとはいえ空のしようとしたことは許されることではありません。

彼も分かっていて、敢えてあたし達に許されないような素振りを見せた。未練を残さないように。


でも結局は素振り。

あいつのついた嘘によってあたし達は救われ、あいつ自身は、あいつ自身は……、正直想像するのも恐ろしいのです。あたしは。
 

「無理をしていそうで怖いんですよ。
以前、無理をしてあたしを守ったことがありますし。楓さんの言うとおり…、素振りでも命令に動いた助ける義理は無いかもしれませんが」


「あーあー。どっかの誰かさんが冷たいことを言っちまったせいで、鈴理がナイーブになった」
 


あの鈴理がナイーブになっているなんてそうは無いんだ。誰だろうな、鈴理をこうしたの。
 

素知らぬ顔で皮肉る大雅。

無言で制裁を与える真衣。

「アデデ!」ほんっとごめんって! 再び脇腹を抓られる楓。


しかし重々しい空気を散らしたのはナイーブと称された鈴理本人だった。


「落ち込んではいられません」


あたしは一人でもあいつを救うつもりです。あいつの騎士になると決めているのですから。

ソファーから腰を浮かし窓辺に立つ。
開放された窓から見える景色はすっかり夜に染まっていた。


「落ち着け鈴理」


焦る気持ちは分かるが、誰もテメェを一人にするとは言ってねぇよ。

ぶっきら棒な言葉を掛ける大雅はそんなことは俺が許さないと断言する。