なにより、今の会長にとって一番の恐怖は老い。


歳を取ればそれだけ体力や実力も衰える。

けれど人間のよくは根深いもので、どんなに老いていこうと自分の支配下が行き届いている財閥界の均衡を決壊させたくない。

それだけ今の環境が心地良いのだろう。


誰だって自分の意のままに操れる世界にどっぷりと侵されてしまったら抜け出すのは難しい。会長だって例外じゃない。
 

だから会長は懸念している。
実の孫を。並行して次世代の財閥ジュニアを。

若い人間が財閥界に新たな風を呼び寄せ、今の世界を壊すのではないか。


極めて保守的な思考の持ち主に成り下がっている会長の口癖は、若人の底力を舐めていたら火傷をする、だ。
 

(孫を含む、周囲の人間の多くから怨まれていることを存じているしな。どれだけの人間を蹴落としてきたのか、想像すらつかないね)
 

財閥界の頂点に立てば立つほど、地位・名誉と引きかえに孤立していく。

実の家族にすら懸念される存在となった(性格に難はあるし)。


哀れな人間だと思えて仕方がない。
 

閑話休題、話は戻して老いを恐れている会長だ。

孫が実力を付ける前に、味方とまでいかなくとも自分側の人間をひとりでも多く作っておきたい今日この頃だろう。


そこで目を付けたのが孫の恋心だ。

勿論、子孫繁栄(という名の男欲しさ)もあるだろうが、孫の恋心は大いに利用できると考えた。恋は人を弱くする。

それが会長の考えだ。
多くの弱点が突けると思い立ち、庶民出身の男を身内として引き入れた。


それこそ“どんな手を使って”でも。
 

怖い人だ。

自分の世界を守るためならば、一家族の生活すら壊すのだから。


くつりと喉鳴らすように笑い、博紀はスマホから目を外した。



「どれほど孫を恐れているのでしょうかね、会長。孫の脅威をそれほどまでに恐れてしまって」



側近の欲望には気付かないのでしょうか?


含み笑いを零して扉の鍵を解除する。

扉を押し開けば一寸の闇。どうやら若き主は友人と共に就寝しているようだ。


明かりが点いていようがなかろうが、眠っていることに間違いない。

扉を開けたまま主のベッドに歩む。
片腕を毛布から出して無防備に眠っている主がそこにはいた。

憎き少年もソファーで寝息を立てている。


微量だったがコーンスープに混ぜた薬がよく効いているらしい。これも逃走防止というべき策だ。


これから毎晩のように薬を盛られる哀れな主にふっと笑みを零し、ベッドの縁に腰を掛ける。

大きくベッドが軋むが起きる気配はない。



「お目付けほど何も知らない子供を簡単に洗脳できるポジションなんだけどな。会長自身が懸念しているとおり、老いたんだろうね。若い側近にまで目が行き届いていない」
 
 

恋心を利用できると思っているのは会長だけではないのに。
 

「今は大人しく犬に成り下がるさ」


この手に地位と名誉を手に入れるまでは。