前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



【憩い室】
(PM9:25)
 
 
 
「七瀬さん。宜しいのですか? あの少年を空さまのお傍に置いて」
 
 

パイプ椅子に腰掛け、ブラック珈琲を啜っていた博紀は“あの少年”という単語に片眉根をつり上げた。

声を掛けた部下が逃げ腰になるほどの殺意を纏い、

「問題は無いだろ。今は好きにさせろ」

頼むからあいつの存在を思い出させないでくれと鼻を鳴らす。

ソーサーにカップを置き、締めていたネクタイを緩める仕草すら怒気を纏わせていた。
 

部下達は各々博紀の態度に八つ当たりだと心中で溜息をついていたり、である。

なにより自分の組んだスケジュールを狂わされるのが嫌いな年下の上司のご機嫌を、はてさてどう取ろうか。

気が重い。
そう顔にでかでかと心境が書いてある。

 
「逆手に取れば、あいつは傍に置いておくべきかもしれないしね」


と、博紀自ら“あいつ”の話題を振った。

たった今、思い出させないでくれと言ったにも関わらず、だ。
 

そのことに部下は触れず、どういう意味かと問う。


「それくらいも分からないのかい?」


嫌味を飛ばした。が、これはいつものこと。部下達はスルーしてきた。

 

「あの少年は悪知恵がきいております。傍に置いておくだけで、余計な仕事が増えそうですが」


「それには同意するよ。あのクソガキ、人を変態だのなんだの言いやがって。
けどな、空さまにとって彼は友人の一人に違いない。弱い人間ほど大切な者を作る。分かるかい? 弱者ほど大切な人間を作り、弱点を曝け出すんだ。

あのガキはいずれ、空さまの弱点になるに違いない。玲お嬢様の弱点が空さまのように」
 
  
一変してシニカルに笑い、「弱点のある人間ほど」扱いやすいもんだよ、博紀は若すぎる後継者達を皮肉った。

「会長もそれが狙いで」

空さまを選んだんだ。
あの少年は幸か不幸か、御堂財閥だけでなく、竹之内財閥や二階堂財閥、更に宇津木財閥と繋がってしまった。

一友人、一恋人として。

利用価値は絶大だ。


それに、あの少年を操作できたら会長自身も儲けだろう。




なぜなら。



 
ロレックスの腕時計に目を落とし、「そろそろか」博紀は椅子から腰を浮かす。

部下達に簡単な命を下して部屋から出ると、長い回廊を歩き、若き主になるであろう少年の部屋を目指す。


片手でスマホを操作しつつ、足先は前へ前へと進む。
  

(玲お嬢様はいずれ、会長の脅威になるに違いない。
それだけ実力のある方だと会長は見抜いている。僕ですら分かるさ。あの人の行動力の強さは源二さま、一子さま以上。あの男嫌いな性格が女性地位向上を焚きつかせるに違いないし)