前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



まったく気にしちゃいないのは騒動を起こした張本人だ。


疲労しているお目付けのご苦労なんてそっちの気で早く家に返すよう命じる。

変態の誘拐犯じゃないなら家に帰してくれるだろ? そうだろ?


脅しとも言えるイチゴくんの台詞に、博紀さんは分かった分かったと投げやりに返事した。

早くイチゴくんには帰ってもらいたいらしい。


「勝手に車に乗り込んで好き放題してくれて。これ以上、好き放題されちゃ敵わない。車を手配するから」

「フン、なんだよ。誤解されるようなことをしたアンタ達が悪いんだろ? みーんなの公園で暴力なんて振るっちゃってさ。
俺はてっきりそっちの気のあるSM好き野郎と思ったんだけど?」


「はぁああ。君の相手をしているほど暇じゃないんだよ、こっちも。とにかく客間に戻ってもらうよ」
 

目に見えるほど疲労している博紀さんに苦笑いし、俺はイチゴくんにありがとうと礼を告げる。
 
理由はどうあれ、イチゴくんは俺を助けてくれようとした。

その気持ちには感謝したい。


おかしいな、付き合いが長いってわけじゃないのに。

思い出のない幼少期が今の俺達の関係に何か影響を与えているのかも。


「奢り一つな」


ちゃっかし恩を着せてくるイチゴくんに一笑する。
彼のおかげで沈んでいた気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ浮上した。


お目付けに視線を流される。

意図を受信した俺は前を歩くイチゴくんからそっと背を向けた。

イチゴくんの気持ちは嬉しかった。それは本当だ。


だけど俺はこの部屋から出られない。
否、出てはいけないんだ。

それが淳蔵さんの命令だろうから。


だから。
 


「と、思ったけどやーめた」
 


まさしく部屋を出ようと右足を出しかけたその時、イチゴくんが踵返して「やっぱ帰らない」佇んでいる俺の腕を掴むとソファーに向かってずかずか大股で歩く。


唖然としている俺を無理やり座らせ、自分もソファーに腰掛けると足を組んで肘掛に頬杖を付いた。

これまた傍若無人な行動に一同呆気取られるわけだけど、イチゴくんはお構いなしである。
 

「実はさ。今日、空と遊ぶ約束していたんだよニーチャン」

「え、俺、そんッ、イ゛!」


アイテテテ! イチゴくんが足を踏んできた! ひっ、ひどっ、酷い!
 

「ニーチャンがこんな騒動を起こしたもんだから、遊ぶ時間がグーンと減っちまったじゃないか。どうしてくれるんだよ。

アッタマきたから俺、此処で空と駄弁る。OK? あ、お茶菓子お願いね」


「また君はッ…、あ、携帯が。チッ、一旦失礼するよ。空さま、お飲み物はすぐにご用意させますので」
 

素の博紀さんの顔が表に出た。

彼は忌々しそうに舌打ちを鳴らすと、携帯を取り出しながら部屋を出て行った。


その際、しっかり鍵を掛けていく。
わぁお密室の完成だ。

俺もイチゴくんも自力では部屋から出られなくなった。


「よろぴこ」ひらひらと手を振ってるイチゴくんの笑顔が崩れたのは、博紀さんの足音が廊下から聞こえなくなった直後。


彼の足の下から自分の足を救出し、酷いと爪先を擦る俺を一瞥し、「舐めんのも大概にしとけよ」前触れもない毒を吐いてくる。


何の話だと狼狽する俺に誤魔化すなと一喝された。

 

「お前。俺を見送る気でいただろ?」



軽く鼓動が鳴った。

「まさか」愛想笑いを返すと、「見え見えなんだよ」あの野郎とのアイコンタクト、イチゴくんが不機嫌に鼻を鳴らした。

すべてお見通しだったらしい。

素直に謝罪した方が得策だと思い、俺は詫びを口にする。


ふざけるなの一言で一蹴された。

ですよね、イチゴくんの起こしてくれた行動を思えば怒られるのも無理ない。