さと子達にメールで時間が掛かりそうだと旨を伝え、玲は責任者であろう先ほどのふくよかな女中に婚約者の情報を得るまでは絶対に帰らないと宣言。
帰って欲しければ情報を寄こせと相手を睨む。
頑なに口を閉ざす女中や召使達の素知らぬ態度が腹立たしかった。本当は知っているくせに。
最初こそ気長に待つ戦法を取っていたのだが、十分、二十分、三十分に一時間。いつまで経っても事態は変わらない。
さと子達とメールでやり取りする一方で、若干気が短くなっている玲は埒が明かないと判断し、大間をぐるりと見渡す。
大間にも大層ご立派な掛け軸が飾ってある。
墨で描かれた山の風景は見事なものだ。
傍に置いてある壷も綺麗に花模様が描かれて立派である。幾らだろうか?
ズズッとお茶を啜りつつ、それらに目を細めていた玲は不意に口を開いた。
「蘭子。あそこにある掛け軸や壷は見積もってどれほどの価値になるんだろうな?」
「え、あ、ああ。あそこにある代物でございますか? さあ、蘭子も目利きではございませんので。軽く百万単位はいくんじゃないかと。あ、お嬢様」
座布団から尻を浮かせた玲はすくりと立ち上がってそれに歩み寄る。
見張りの如く大間の四隅に佇んでいる責任者を一瞥すると、「ジジイの嫌いなことを知っているか?」口角を持ち上げ目を細めた。
訝しげな眼を向ける女中に答えは損害が出ることさ、とウィンクしておもむろに壷を手に取る。
重量感ある壷は一見、硬度が高そうだが、これを下に落とすとどうなってしまうか。
強くも脆いであろう壷を見つめ、次の瞬間、玲はそれを叩き割るために壷を振り翳した。
すると女中が悲鳴をあげ(蘭子も傍らで絶句していた)、それは一千万の値がついた代物だと喝破してくる。
動きを止めた玲は振り返って、「それは凄いな」じゃあ叩き割ったら一千万の損害だと笑声を漏らした。
「君は此処の責任者だろ? 僕の行動を止められず、この壷を割ってしまったら大層ジジイは憤るだろうな。僕は勿論、君にだって飛び火さ。
何故なら君は此処の責任者。弁解したところでジジイは見逃してなんかくれない。僕を止められなかった責は長である君にあるんだからね」
「な、何を馬鹿げたことを」
「おや、僕が脅し文句を吐き捨てているとでも?
ふふっ、僕は一千万の壷を割ることくらい造作もないさ。躊躇いも何もない。一千万以上の価値ある人が行方不明なんだ。こんな壷よりなんかよりもずっと大事な人が、ね!」
一変して憎悪を含んだ面持ちを作り、玲は容赦なくそれを振り翳してその場に叩き付けた。
畳の上で鈍い音を立てる壷は、幸いなことに着地点が幾分柔らかかったおかげか割れずには済む。わりかし硬度はあるようだ。
どこかしら疵を付けたのは言うまでもないだろうが……。



