自宅を発った玲は、車に乗り込んで婚約者の通っている私立エレガンス学院に向かっていた。
 

挨拶なしに出て行った婚約者を捜すため、情報を求めて目的地に車を走らせている。


学院に婚約者が残っているとは到底思えないが、迎えの車に姿を現していないと情報を聞き、一抹の望みを懸けてそこに向かっている。

何度も蘭子が見に行くと言ってくれたのだが、能天気に家で留守番などできなかった。


常に何かアクションを起こしていないと平常心が保てない。


嗚呼、どうして彼の演技を見破れなかったのだろう。

彼は感情に対して根っからのうそつきだ。

誰よりも知っていたのに。


彼のスマホに付いているGPS機能も、今は意味を成していないようだ。

ある一点から動いていないのだから。


念のために確かめさせている最中だが、あまり宛にはならない。


(ジジイのところに乗り込んでもいいが、あいつと会うには事前にアポを取らないといけない。感情的に乗り込んでも追い返されるのがオチだ)


冷静になれと自分に言い聞かせるものの、苛立ちと不安は拭いきれない。

スマートフォンをへし折らんばかりに握り締めて玲は宙を睨んでいた。

身内だからこそ恐怖してしまう。
祖父の底知れぬ性格の悪さに。


祖父に人情など無いのだ。

あったら自分たち家族はもっと円満に暮らせていた。
 

「豊福、お願いだから無事でいて」


神様に祈りたい気持ちで一杯の玲に声を掛けてきたのはさと子である。
 
彼女もまた蘭子に無理を言って引っ付いてきた輩の一人だ。

事の重大さに居ても立ってもいられず、玲にくっ付き同乗している。

着物姿のままのさと子に視線を流し、「大丈夫」僕は大丈夫だと無理やり笑ってみせる。


余計憂慮を含んだ眼を飛ばされてしまった。

それに気付かぬ振りをして玲は視線を戻す。


婚約者と連絡がつかない。

その現実が怖かった。


一度は繋がった電話も、ありがとうの言葉を置いて切られてしまった。

会話すら機会を持たせてくれなかった。
何か遭ったのではないかと気が気ではない。


「お嬢様、お気を確かに。空さまは此方でも全力を挙げて捜しております。ご自宅の方にも念のために人を向かわせました」

「蘭子。彼のご両親にも人を配置しておいてくれ。豊福があいつに逆らった今、ご両親に手を出す可能性が非常に高い。何か遭ったら彼に示しもつかないからな」
  

「それは既に」蘭子の頼もしい配慮に玲は微かに表情を崩した。さすがは自分の教育係、手際が良い。
 

「申し訳ありません。私がもっと早く告げていたら」


責を感じているさと子が眉を八の字に下げる。

「君のせいじゃないさ」

玲は彼女を責めはしなかった。

彼女自身も葛藤があったのだ。


責を擦り付けることなどできやしない。

自分が彼女の立場なら、同じように口を閉ざして苦悶していただろうから。