息苦しさに身悶えている俺なんてそっちのけで彼は語り部に立つ。

淳蔵さんが源二さんに席を譲らないのは人間として過度なまでに甘い点があるから、らしい。


つまり甘い人間は頂点に立つ資格がないんだと。


淳蔵さんの求めている人材ではない。

息子であるがゆえにその甘さを注意する他ないらしいけど、本当は嫌悪しているんだって。源二さんの持つ甘さに。


甘いんじゃなくて優しいんだと思うんだけどな。片隅で訂正を入れたくなる俺がいた。
 

「貴方も甘い。その甘さが命取りになることをこの一件で思い知ると良いですよ」
 

博紀さんが握力に渾身の力を込めてきた。

爪が皮膚に食い込む。首に走る痛みと息苦しさ、そしてじんわり襲ってくる恐怖に俺は体を微動させるしかない。

ちょ、俺を殺す気っすか!
冗談っすよね、俺はまだまだ生きるっすよ! 目標は高く百歳っす!

あと爪は切ってください、ちょっと伸びてるみたいっす。めっちゃ痛い!
 

体を動す度に劣化したブランコが軋んで悲鳴を上げる。


まだ手を放してくれない博紀さんは、「これも罰になるんでしょうかね?」他人事のように俺を見下した。

そんなの知るか、と反論したいけど息が本当にできない、できないって!
 

どうにか放してくれと声を振り絞ることに成功すると、博紀さんが口角を持ち上げて嘲笑。

勢いよく右手を引いて、俺をブランコから引き摺り下ろした。

地面に転倒した俺はチャックの開いていた鞄から中身がぶちまけたことに気付きつつも、それに構う余裕なんてこれっぽっちもない。

必死に酸素を摂取して呼吸を整えていた。



が、次の瞬間、俺は博紀さんの行動が視界の端に映り、急いで体を動かす。


胴を蹴られたけど、それよりも博紀さんが蹴ろうとしていたお守りの写真を守ることの方が俺には大切だった。

まーじアータって人はなんてことをしようとしてくれるんっすか。


俺の宝物だって知っておいて、人道に反する行為っすよ!


痛みに耐えながら相手を睨むと、「物に縋る」それが貴方様の弱さの表れですよ、と博紀さん。


うっせぇっす、貴方にこれの価値なんて分かってもらおうと思いませんよ。

……これだけは絶対に疵付けさせない。絶対に。


あくまでも心中で毒づき、黙って俺は鞄を拾って散らばった中身をかき集める。

チャックを閉めた頃合を見計らって博紀さんが俺の腕を掴むと、無理やり立たせて歩き出した。


「い、痛いっす。俺は逃げませんって」


自分で歩けるっすよ、抗議しても博紀さんは取り合ってくれない。

腕を握り潰さんばかり掴んで俺を連行する。
痛苦に顔を歪ませても素知らぬ顔だ。慈悲が無い。

公園を出ると、博紀さんは歩道に乗り上げている車に足先を向けた。


何処に連れて行くつもりなのだろう。俺の家?