前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



その日の午前中は至って変わらない一日だった。


教室に赴いてフライト兄弟やクラスメートと挨拶を交わし、朝のSHRまで駄弁る。


チャイムが鳴ると担任が来て事務連絡。

一時限目から始まって四時限目までしっかり授業を受ける変哲も無い時間を過ごした。
 

問題は昼休みだ。俺は虎視眈々と鈴理先輩に交渉を持ちかけようと、単独行動を起こしたんだけど、アウチ! 良からぬ事態が発生。


鈴理先輩を呼び出そうと教室を覗き込んだ、ら、大雅先輩がいたんだ。

そうだった。
大雅先輩という障害を忘れていた!


あの二人、いっつも一緒だから、さ、さ、さ、誘うなんて行為、なかなかできないぞ。


一旦出直すために俺は近場の男子便所に入った。

胃がムカムカするのはストレスのせいだろうか。

手洗い場で必死に嘔吐感と闘う。


(今日しかないんだぞ。さと子ちゃんに知られた今、もう、やるのは今日しかない。いつ彼女が告げ口するか分からないんだ)

 
告げ口なんて聞こえは悪いけど、さと子ちゃんは良い子だ。そして優しい子だ。

だからこそ彼女は俺を軽蔑したし怒ってくれた。
彼女の優しさは高く評価したい。

願わくば優しいままの彼女でいて欲しい。

 
ポケットから出したUSBメモリを見つめ、俺はそれを見つめる。


ノック式のUSBメモリが二つ。


ひとつは淳蔵さんが俺に託した物。
ラインが入っている。


もうひとつは博紀さんが俺に託した物。
こっちは無地だ。


使えるUSBメモリは後者。前者は破壊プログラム、所謂コンピュータウィルスが詰まった病原菌の塊。


肉体関係を取り持つのは今日しか、今日しか……、淳蔵さんは肉体関係以上にこの破壊プログラムを先輩に手渡すよう命じた。

破壊と同時に情報を流出させ、なんらかの手で入手するってのが情報化社会の凄いところだと思う。


それだけ竹之内家、二階堂家のデータが欲しいんだ。あの人は。


分からない。

どうして淳蔵さんが二人のしていることを知っていて、尚且つ二財閥のデータを欲するか。そんなこと。


ただ俺には大切な人がいる。

守りたい人がいる。


性交が無理なら、せめて、このデータを彼女の手に。御堂家にとって安定した未来のために。それが俺の、すべきこと。


俺は水道とUSBメモリを見比べながら思案に耽った。
 

(すり替えは無理っぽいな)


なら彼女の手にこれを託すしかない。

キュッと水道の蛇口を捻り、五分ほどその場に佇んで、水を止める。

びしょびしょになった手をハンカチで丹念拭いて、俺は男子便所を飛び出した。