前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



合意の上なら、これ以上の期待に応えますけど? 空の問いに、鈴理は返事する。
 

「そうだな」

あんたを食いたいのは本心だが、この展開は不本意であり望んでいない。

つまり合意はできないと誘いを一蹴する。
 

ある程度、予想していたのか彼は驚きの様子を見せない。

ただただ笑みを浮かべて、「なんでもするのに」バードキスも、ディープキスも、セックスも。体なら幾らだってあげられるのに、と返してくる。
 

初めて鈴理の顔が歪んだ。
 

「空。馬鹿な真似はよせ」


これはあんたの望むことじゃないだろ? 玲に相談しろ。

助言を与えても聞く耳を持ってくれない。


「そんな顔をしないでください」


俺が可哀想な人みたいじゃないっすか。
絡めた指を解き、後輩が首に腕を回して顔を覗き込んできた。
 

「俺の初めて、貴方に捧げようとしているのに」

「玲に言うべきだ。こんなの、あんたのためにならない」
 
「俺のためじゃなく御堂家のためです。そのためなら体だって張りますよ」
 
「……空。あんたは誠意のある男だ。並行して物事に対して硬派だ。誰よりもあんたを見てきたんだ。あんたはっ、絶対に望んでいないはずだッ。絶対に」


「俺が望んでなくても、御堂家が望んでいる。それが俺のすべてなんですよ」
 

しかし玲はそれを望んでいない筈だ。

付き合いの長い鈴理にはそれが分かっている。
だからこそ婚約者に相談するよう何度も説得を試みた。

まったく応じようとしない空は興ざめしてしまいましたね、今日のところは引き下がりましょう。鈴理の肩に手を置いて押してくる。


「けれど必ず繋がってみせます。必ず」


肩に置いていた手を背中に回し、抱擁してくる後輩。

彼の自然な笑顔が、妙に作られているような気がしてならない。

無性に抱き締めたくなったが、ぐっと堪えた。

今、抱き締め返せば彼の誘いに乗ることになる。


例え彼からのお誘いでもこんな誘いは受け入れられない。受け入れられないのだ。


「あんたは借金を抱えている」


だからこんなことを強いられているのだろう? あんたの本心じゃないのだろう?

彼の心境に触れたかった鈴理が内面に踏み込むと、彼の笑みが深くなった。


「同情してくれるなら、俺を抱いてください」

「そ、らっ」


「俺が抱きたい、なんて不似合いな言葉でしょう? だから貴方に言います。俺を抱いてください、と。お金のない人間にはもう、体しか捧げるものがない」
 

それはきっとお金のある先輩には分からない苦さですよ。

頬を寄せて甘えてくる彼の背に手を回し、そっと慰めてやりたい。

そうしてやればどんなに良いことだろう。

けれどそれをしないのは約束があるからであり、彼のためにならないと知っているからだ。

「すまない空」

あたしにはできない。
謝罪を口にし、相談には乗れると救いの手を差し伸べた。

まるで振り払うように腕を下ろし、外されたボタンを留める後輩はネクタイを拾うと、立ち上がって脱ぎ捨てたブレザーを取りに向かう。

 
「何がいけなかったんでしょうかね。わりと空気は出せていたと思うのに。貴方の望み、叶えると言っているのになんで抱いてくれないやら。
……んーっ、色気不足っすかね? 誘い受け男を目指してみたんっすけど難しいっす。もっと勉強してきますね」


ああそれと、御堂先輩には内密にしておいて下さいね。

彼女にばれると俺の立場や家族があやぶまれるので。
  

彼はおどけるように笑うと、鈴理に背を向けて出入り口に向かった。


「時間を取らせてすみません」


ひらひらっと手を振って立ち去る後輩の背を慌てて呼び止める。引き戸に手を掛けていた彼が立ち止まり、そっと首を捻った。


「もしかして気が変わりました? 俺とセックスしてくれます?」


「阿呆か。あたしを誰だと思っている。あたしが誘うならまだしも、あんたが傲慢に誘うなど言語道断だ。
もしあたしに抱いて欲しかったら、あたしを欲情させるような雰囲気作りをまずしてこい。

今のは採点でいえば35点だ。雰囲気がなっちゃない。あんた、ケータイ小説を読んでいるのか? 読んでいないだろ!」


「えー、手厳しいっすね。これでも勉強したんですって。
お試しで貴方の望むこともしたというのに……今のが35点っすか。にゃんやぴょんで頑張っても35点。あと65点、どうポイントを稼げばいいんっすか?」

「それは自分で考えて来い。まったく空と付き合っていた中で、いっちばん欲情しない誘いだったぞ。萎えが発生しているんだからな!」


盛大な駄目だしをおくってやると、「貴方は優しいっすね」痛烈な毒を吐いているというのに、彼はスラックスのポケットに手を突っ込んで笑った。

「俺を本調子にさせようとしてくれているんっすね」

見透かされた心に後輩は目尻を下げ、貴方はとても優しい人だと柔和に綻ぶ。


「だからこそつけ込まれるんっすよ。俺みたいなダーメな男に。
同情心を煽ったり、貴方の気持ちを利用したりしてモノにしようとしているんっすから。気を付けた方が良いっす。貴方は優しすぎる。

……勝負、どうぞ負けて下さいね。破談は貴方の自由です。けど一人の男を迎えに行くのは時間の無駄っす」


貴方の想っていた男は変わりました。

ヘタレ男から表裏あるヘタレ男に変わっちまったんっす。

迎えに行くだけ損っすよ。損害ものっすよ。


これはカレカノだったヨシミとして助言しておきます。

男は変わりました。
貴方のバックにある財閥と繋がるために、こうして肉体関係を求める男に成り下がったんっす。


繋がるのはべつに、貴方の姉妹でも俺はいいんっすよ。

俺が欲しいのは竹之内財閥の確かな繋がりっすから。

貴方が一番繋がりやすい、それだけのために狙いました。
 
 

「御堂先輩との勝負に勝ったら、もっと貴方を狙いやすくなるっす。婚約者が貴方の中で消えたら、もっと狙いやすくなるんっすよ」
  


そんな俺のために勝ってくれるなら大歓迎。嬉しいっすけどね。

彼は今度こそ片手を挙げて外界へと消えていく。
見たとおり言葉をおいて、彼はお得意のエスケープをしたのだ。



「―――…空、あんた。言っていることが矛盾だらけだ。結局あたしと繋がりたいのか? 繋がりたくないのか?」



鈴理は後輩の背を見つめながら、ただひたすら想いを寄せていた。

天窓から仄かに差し込む日を浴びながら、ただひたすらに。