「とーよーふーく」
御堂先輩のコッワイスマイルに気付いた俺はハタッと我に返り、手を再び柱にくっ付けた。
ダメダメダメ、俺は御堂先輩の婚約者だぞ。元カノのアマーイ誘惑に乗っちゃ駄目だ。
鈴理先輩に想うところがあっても、此処は我慢し「三百円のお得を逃すのか?」
……嗚呼、一瞬でも柱から手を離した俺って現金極まりない!
「前から思っていたけどよ。お前って単純だなおい」
大雅先輩が呆れ返り、傍らにいるさと子ちゃんが苦笑いを零す。
鈴理先輩はといえば「まだまだあたしの足元にも及ばないな」と意気揚々に胸を張った。
よって、御堂先輩の笑みが濃くなってしまったという。
「僕としたことが、素直になるレッスンが足りなかったようだな。やはり三分では足りなかったか。
……それと豊福、知らない人から安易に物を貰ってはいけないって話は知っているかい? 知らないようだね。じゃあ僕が教えてあげよう。その身に、ね」
「イ゛っ、先輩! ごめんなさい! お得に釣られようとした俺が悪かったっす! だぁ、だだだだからあれだけは! あと鈴理先輩は知らない人じゃ「減らず口を叩く悪い子は誰だい?」ぎゃああああごめんなさいっす!」
謝り倒す俺に、
「エレベーターには僕が乗せてやる」
君は両足を負傷しているしな。是非とも僕の手で運んでやると御堂先輩がシニカルに笑った。
ドッと冷汗を流した俺は柱から手を離して近くにいたさと子ちゃんを盾にする。
ビバさと子ちゃんガード!
おにゃのこスキーなら手が出せまい!
高を括っていた俺だけど、制服の首根っこを掴まれて引き摺り出されたら事は一緒のようだ(アウチ!)。
結局、お得没収。
泣く泣くエレベーターに乗ったんだけど…、扉が閉まったところで体中の毛が逆立ち、動き始めた瞬間、思わずぽろり。
御堂先輩の仕置きが怖いから勢いで乗ったけど、やっぱり怖い。
地上が小さくなる景色が怖くて怖くてしょうがない。
「あ、こら玲!」
さっさと空の手を握ってやらないか! 鈴理先輩の助言も一歩遅く、小さくなる地上に恐怖して大パニック。
なんでこんな小さな箱でたっかいところを目指さないといけないんだよバカヤロウ。高所恐怖症を舐めてんのか畜生!
一人ではどうしてもエレベーターに乗れず、乗る前から誰かに手を握って貰わないとパニクってしまう俺はグズグズとべそを掻いた。
「おーりーる!」もうヤダ、死んじゃうっすよぉお! 狭い個室でビィビィ喚くと、
「だ、大丈夫だ豊福」
あと少しで降りられるから、と御堂先輩が手を繋いでくれる。
そうは言っても二十階だなんて行ったことないっすもん! 高いのヤーダァアアア!
ようやくエレベーターを降りることができても、俺のべそは止まらない。
御堂先輩が慌てた様子で「豊福。さと子からだ」と慰めの飴玉をくれるけど、自分がパニクッたことにズーンと落ち込んでしまう始末。
こ、こ、こんなに怖いと思わなかったんだ。
俺、最高で十五階までしか行ったことなかったから余計怖くてッ、帰りどげんしましょう! 恐怖心を思い出した俺はグズッと涙ぐむ。
恐る恐る窓の向こうを見やり、「たかいっす」地上に帰りたいと愚図った。
飴玉をコロコロと口の中で転がしつつ、帰りはもう乗れないとグズズグズのグスングスン泣き言を連ねた。
「と、豊福。よく頑張った。僕が板チョコを買ってやるから、そんなに泣くな」
「…っ、でも帰りも乗らないと…っ…、せんぱい、俺、おうちに帰りたいっす…。父さん母さんに会いたい、地上が恋しいっす」
嗚呼、超絶ホームシックになっちまったよ。
生きて二人に会える気がしない。
「おうちのお味噌汁が飲みたいっす」
「あぁああ、空さま。お気を確かに! 大丈夫ですよ。もうエレベーターは終わりましたから」
「だって帰り…っ、」
「あ、飴玉もう一個要ります? 要りますよね!」



