「そちらこそ、誰かと思えばなんちゃって婚約者組の玲と空ではないか。御機嫌よう。まーだ正式な婚約が発表されていないようだが、彼氏をあたしに返してくれるご配慮か?」
「おやおや元彼氏、の間違いじゃないか?」
「ははっ、元婚約者になる日も近いんじゃないか?」
「まったく、君って女は毎度の事ながら可愛くないね」
「あたしはカッコイイ女性を目指しているからな。可愛くなくて結構なのだよ」
笑顔と青い火花が飛び交い、俺はヒィッと悲鳴を上げたくなった。
相変わらず攻め女の衝突は怖いこわいKOWAI!
ガタブルにブルブルブルが増す。
余計柱にしがみつく羽目になってしまったわけなんだけど、
「婚約者が聞いて呆れるな」
空の取り扱い方を未だに分かっていないじゃないか、とあたし様。
俺が高所恐怖症を発揮してしまい、エレベーターに乗れないことを悟ったのだろう。
「あたしが手本を見せてやる」
得意げな顔を作る鈴理先輩は、しっかり柱に貼り付いている俺に声を掛けた。
「空。頑張ってエレベーターに乗らないか?」
「先輩も知っているでしょう、俺の高所恐怖症を! さ、さすがに二十階は無理っす」
「うむ。ではこうしよう。空がエレベーターに乗ったらあたしが三枚、板チョコを買ってやろう」
板チョコで乗せられるほど馬鹿じゃないっすよぉおお!
ブンブンかぶりを横に振る俺に、
「よーく考えてみろ空」
数秒の恐怖を我慢するだけで板チョコ三枚だぞ。
分かるか、このお得な図式。
あたし様が目を細めた。
「板チョコは一枚あたり百円。三枚で三百円。あんたは数秒の恐怖心を我慢することで、三百円分もお得な思いをするんだ」
ピクッ。
「しかも三枚ということは? 大好きなご両親と仲良く食べられるではないか!
分け合うのではない、各々一枚ずつチョコを食べられるんだぞ! 空、この話を蹴る理由が何処にある?」
ピクッ。ピクッ。
「バイトで三百円を稼ぐ時間よりも、エレベーターに乗る時間は少ないんだがなー」
簡単に俺の手が柱から離れたのはこの直後のことである。
はい、俺はスンバラシイお馬鹿だったみたいです。
板チョコで乗せられる馬鹿でした!
いやでも、確かに鈴理先輩の言うように数秒の我慢で三百円分もお得するのは非常に美味しい!
バイトで三百円を稼ぐことを念頭に入れたら、数秒で三百円分もお得な思いをする。
良い話じゃないか!



