(やっばいな。習慣が実家で出ちまったよ)
これも御堂先輩のせいだ。
あの人が、毎度の如く人の寝込みにちょっかい出してくるから……、だってあの人、俺が起きないと袂に手を突っ込んで腹を触ったり。
首にキスマークをつけてきたり。
あろうことか帯を解いて縛ってきたり。
そりゃ警戒心もつくだろう!
大欠伸を噛み締め、洗面所に向かった俺はそこで何度も顔を洗い、タオルで水気を拭う。
遺憾なことに眠気まで払拭することはできなかった。
目前の鏡で己を見つめると、血色の悪さが際立っていた。
完全に寝不足だ。
この一週間、午前三時まで勉強していたしな。
眠い筈だよ。
クマはできていないけど、この血色の悪さはどうにかしないと。
老けて見えるぞ。
うーんっと伸びをひとつして、俺はタオルを持ったまま居間に戻った。
俺が家庭教師を始めて早一ヶ月過ぎ。
相変わらず毎日まいにちやることなすことが多すぎて、どの教科から勉強すればいいのか分からない日々を過ごしている。
ただ勉強の段取りは覚えたから、少しは睡眠時間が増えた気がする。
うん、気持ち的に増えた気がしているよ。
家庭教師の皆様も俺の多忙さを考慮して、出す課題を少なくしてくれているし。
大の苦手としているフランス語の先生(名前は小泉先生。あだ名はロッテンマイヤー)も、人が変わったように優しい物の言い方で俺に勉強を教えてくれるようになった。
おかげで胃が痛む数もグンと減ったよ。
高飛車だった口調が丸び帯び、当初こそ苗字呼び捨てだったのに、今では君付けだ。
……実は薄気味悪いくらい優しいから、肌が粟立つことも多々だったり。
“あんなこと”を俺の婚約者から言われたから、高貴思考の彼女の性格からして御堂家の家庭教師を辞めるかと思っていたけど。
良い金づるなのか、それともプライドがあるのか、御堂家の家庭教師って点に名誉があるのか、辞める素振りだけは決して見せなかった。
マジさ。
彼女と再び顔を合わせた時の気まずさは忘れもしないよ。
御堂先輩がはっきり嫌味を言った翌週のことだったし、めちゃくそ多く出された課題を全部出来なかったこともあって、俺は超チキンになっていた。
どうかロッテンマイヤーさんが現れませんように!
と、願っていたんだけ、ど、キャツは登場した(その時の俺は半泣きである)。