くしゃっと頭を一撫ですると、「無理は禁物だ」倒れられたら僕は悲しいから、相手に再三再四無理するなと伝えた。
次いで忘れていた手洗いに行くと告げ、玲は彼から離れる。
やや不機嫌に、羞恥帯びた声でいってらっしゃいと見送られ、玲は一笑を零す。
相手を流し目すると、イソイソとシャーペンを持って勉強に取り掛かろうとする彼の姿が。
けれども羞恥が胸を支配しているせいで、そのペン先が宙を彷徨っている。
初々しい反応に声を押し殺しながら笑い、玲は障子を開けて廊下に出た。
その際、テーブルに置いていた充電中のスマホを持って。
瞬く間に表情を能面にすると、早足で目的地に向かう。
向かう先は書斎。手洗いは口実である。
起きている婚約者に怪しまれないための手っ取り早い口実は“手洗い”だったのだ。
自室に戻って寝るなどと言えば、かえって彼に不信感を抱かせるに違いない。
軋む廊下を忍び足で進み、両親の寝室を過(よ)ぎった玲は書斎部屋として使われている畳部屋に上がる。
無音と化している畳部屋の壁にはところ狭しに本棚が敷き詰められていた。
父母の愛読している本ばかりではなく、御堂家のアルバムなども仕舞ってある。
度々家族集まってアルバムの観賞をすることも。
ずらっと肩を並べて佇んでいる本棚を見やれば、真夜中に何しに来たと訝しげなオーラを放つ本達が棚の中で息を潜んでいた。
構うことなく玲はスマホを起動させると、その明かりを頼りに襖へと歩む。
手を掛けて襖を開けた先には重量感ある金庫。
ダイヤル式となっている金庫に目を細め、しゃがんでつまみを持つ。
周囲に注意を払いながら静かにダイヤルを回し、父の生年月日を当てていく。
これで外れていたら、母の生年月日を当てなければならないだろうが、その心配はなかったようだ。
錠の外れる音とともに金庫の扉が半開きとなる。
「よし」口角を持ち上げ、早速中身のものを手探りで取り出した。
判子や金が入ってるであろう、小金庫が目に付いたが、玲の欲しいものは茶封筒に入った書類のみである。
手早く茶封筒を取り出すと、目的の書類を探すために中身を拝見。
保険会社との契約書、機密書などが出てくる中、見覚えのある文書を見つけ出し、玲はそれを手に取る。
「婚約証明書。片方は豊福家が持っているわけだが……、これによって僕達の関係は成立されている。紙切れ一枚で夫婦になる約束をされているなんて、おかしなものだな」
苦笑を零し、玲はその婚約証明書にざっと目を通す。
そこには契約内容と各々御堂家、豊福家の署名がされている。
父達の名前の下には自分達の名前が、その横には拇印が押されていた。
彼が御堂家に嫁ぐと固く約束された証明書にしてはやや信憑性に欠ける。



