「しかし僕の豊福に傷をつけてくれたあの女、どうしてくれようか。
幾ら女性とはいえ、これは非常に許しがたいぞ。
彼女の取り巻く雰囲気はロッテンマイヤーだったから、スパルタな教育をしているのではないかと懸念していたんだが、案の定だったな」
「先輩、俺と同じこと思ってるっす。ハイジを知ってるんっすね」
―――…頑張ろうと思える。
こうして支えてくれる彼女のためにも努力は惜しまないといけない、そういう気持ちが強くなる。
彼女は俺の守りたい人。
俺をいつも陰から支えてくれる人。
性別に苦悩している彼女を知っているから、見合うだけの婚約者になって支えたい。
その念は誰よりも強い。
これは誰にも譲れない想いだ。
そう、鈴理先輩にだって譲れない想い。
例え彼女が想ってくれていると知っていても、俺は。
大間で遅めの食事を堪能し、先にお湯を頂戴した俺はその足で自室前の縁側に向かう。
御堂先輩が風呂に入っている間、此処で休息を取ろうと思ったんだ。
本当はすぐにでも課題に取り組まないといけないんだけど気が乗ってくれない。
今日の復習をしておかないといけないんだけど、疲労しているからかな。
ちっとも乗り気になってくれない。
「疲れた」
口に出すとどっと押し寄せてくる疲労。言わなきゃ良かったと後悔した。
手頃な柱に寄りかかり、縁側から見える庭園をぼんやり見つめる。
淡い光を放っている月光を浴びている庭園は静けさを保っていた。
微かに聞こえる虫の声。風のさざめき。池の音。都会の中に潜む自然の音は俺に癒しを与えてくれる。
嗚呼、時間に追われている分、自然の音が身に沁みた。
冷たい夜風も俺の火照った体とその疲労を払拭してくれるよう。
髪を梳くようにして吹き抜ける夜風に癒され、俺は縁側で微睡(まどろ)む。
「空さま。お風邪をひきますよ」
いつの間にか下りていた瞼を持ち上げると、ポニーテール姿のさと子ちゃんが俺を見下ろして綻んでいた。
「自室に戻りませんか?」
夜風は体に毒だと苦笑してくるさと子ちゃんの手にはお盆が持たれている。
載っているカップと茶菓子は俺と御堂先輩のためのものだろう。
「もう少しだけ涼みたいんだ」
此処は気持ちがいいから。
そう言って笑みと共に返事するとさと子ちゃんがそっとお盆を置き、カップを俺に手渡してくる。
俺の我が儘を聞いてくれたんだろう。さと子ちゃんに礼を告げ、カップを受け取る。中身は冷たい緑茶だった。



