―――…遠のく意識の向こうでチャイムの音が聞こえた。

それは聞きなれた心地良い音。

時間を知らせる合図。



生徒達に行動を教える鐘の音。



浮上しては沈むその意識を懸命に覚醒させた俺は、鉛のように重たい瞼を持ち上げる。

一瞬きするだけでまた深い眠りについてしまいそうだった。

まだ夢を見たい。

その気持ちが勝って俺は瞼を下ろす。


けれど、軽く体が揺さぶられた。

眠りを妨げられた俺は再び瞼を持ち上げて今度こそ覚醒する。


視界に飛び込んでくるのは目を射す木漏れ日。

葉と葉の間から零れる光は直視すらできず、苦痛にさえ思えた。
 

「おい空。起きろって、授業に遅れちまうぞ」


不意に聞こえてきた声と、覗き込んで来る見慣れた顔ぶれに俺はぼんやりと相手を見つめ返す。


あれ、アジくんじゃん。

何しているんだ。此処で。

その思いはすぐに打ち砕け、俺はさっきのチャイムが昼休み終わりのチャイムだってことに気付いて血相を変えた。


やっちまった、昼休み勉強する筈が…っ、寝ちまった。


飛び起きるとアジくんと頭をごっつんこ。

表現は可愛いけど、かんなり痛い頭突きを相手に食らわせてしまい、双方身悶えてしまう。
 

「お、お前…今のは痛烈」

 
額を押えるアジくんにごめんと片手を出し、俺は額を擦りながら散らばった本に視線を向けた。

んでもって大きく溜息。

はぁあ、一ページも進まないまま終わっちゃったな。


どうしよう、今日はフランス語が待ち受けているから予習するつもりだったのに。


ポリポリと頬を掻き、深い溜息をついているとエビくんが俺の名前を呼んできた。


顔を上げれば、エビくんが視線を校舎側に流す。

俺がそっちに目を向ければ、脱いだブレザーを肩にかけて戻っている元カノの姿が。


長い髪を風に梳かせて颯爽と校舎に向かっている彼女の後姿に、俺は瞠目してしまう。



「鈴理先輩」
 


ぱちぱち。ぱちぱち。

瞬きを繰り返して去っていく彼女を見つめる俺に、


「僕達が此処に来たら彼女が君の隣に座っていたんだ」


ぼそっとエビくんが小声で教えてくれる。