前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




ゆっくりと後頭部に骨張った手が回る。

肩口からそっと顔を持ち上げると、隙を突いた彼女が素早く唇を重ねてきた。驚愕する間もない。薄唇に呼吸を奪われ、ただただ瞠目。


その間にも先輩は上唇と下唇を交互に舐めるや口内に自分の舌を滑り込ませてくる。


何が起きたかが分からず、数秒フリーズしてしまった。御堂先輩と触れるだけのキスなら数回したことある。


けれど、これは触れるだけのキスじゃない。欲望にまみれたアダルトキス。


久々で、鈴理先輩以外の人間と初めて交わすディープで濃厚なキスだった。

御堂先輩はいつもこのキスを避けてくれた。立場を強制されている俺の気持ちを考慮して、これだけは避けてくれていたんだ。


けれど、今日は違った。

余裕が無いのか、人のぬくもりが欲しいのか、俺の意思を尋ねず口腔で好き勝手してくる。

久しぶりすぎる感触に体が跳ねてしまうのは生理的現象だろう。

動揺。しかもすっかり息継ぎの仕方を忘れてしまっていた俺は、相手の体を押し返してタンマと意思表示。

でも反対に押さえ込まれてしまった。


(ヤバイヤバイっ…、ヤバイ)


タンマ。無理。死ぬ。の三拍子を心中で繰り返し、ちょっと待ってくれるよう頼む。態度で頼む。

一ヶ月以上誰とも交わしていないんだ。

唐突にこられても受け身すら取れない。

なのに、相手はまったく訴えを聞いてくれない。身を捩れば捩るだけ押さえ込んでくる。まるで逃げるなと言っているようだ。



嗚呼、久しぶりの感覚。

けれど、他人と交わすはじめての感覚。


毎日のように鈴理先輩と交わしていたキスとはまったく違う、別物のキスに戸惑いが生まれる。

「せんっ、ぱ」相手の名前を呼ぼうとすれば、よりキスが深くなり、艶かしい水音が鼓膜を打つ。

体全体を微動する俺に気付いていない筈ないのに、彼女は強い力で押え込むばかり。喉の奥を鳴らして激しいキスを受けるしかない。


薄っすらと目を開ければ、瞼を下ろしている王子の姿が。

その面持ちは紳士的なのに、相反したキスを送ってくるなんて。

「ふっ」呼吸困難ゆえの声が漏れてしょうがない。
はふはふと肩を動かして息をしようとする俺のキス下手に王子が微かに笑った気がした。

「っ!」

やらしい手が人の脇腹を撫でる。驚いて声を上げたら、そりゃもう息が。息が。


や、ばい、視界、が。

そろそろ酸欠やばいです息できません死にそうです、危険赤信号が俺の脳内で点滅している。
 


嗚呼、目の前が真っ白。



聞こえてくる音も遠のき、俺の意識も混濁する。

頭がぼーっとしてきた。キスで殺されてもおかしくないと思う。


だらん垂れ下がる腕と小刻みに震える体。

その足が崩れる直前で、御堂先輩が軽く唇を離した。

腕を緩められたことで足腰に力が抜け、すとんとその場に尻餅をついてしまう。


ディープキスで腰を抜かすという間抜けな経験を把握する余裕もなく(嗚呼。人生二度目の経験!)、上体が押し倒された。

再び唇が合わさり、溺死半歩手前を味わう羽目になった俺は、どうにか相手の浴衣を握って行為にしがみつく。


生理的に涙目になる視界の向こうで御堂先輩が色欲帯びている。


不味い展開なのは頭の片隅で理解できたけれど判断力が低下していたせいか、また酸欠に陥っていたせいか、俺はなされるが儘になっていた。