前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




「さてと何か飲みましょうか。あ、冷蔵庫にイチゴミルクオレがあったんだ。あれ、美味しいんですよ。飲みません?」
 

俺の大好物なのだとはにかみ、ミニ冷蔵庫に向かう。

しゃがんで扉を開けるとイチゴミルクオレのパックばかり。

うん、これを準備してくれたのは御堂先輩なんだっけ? 偉そうに飲もうなんて言える立場じゃなかったけど、まあいいや。
 

パックを二つ取り出し、足で扉を閉めて御堂先輩に投げ渡す。
 
キャッチした王子に俺のお墨付きだとおどけ、ストローの封を開けた。

俺に倣ってストローの封を開ける御堂先輩は立ったままそれを一口飲み、「甘い」率直な感想を述べてきた。

 
この甘さがべらぼう癖になるのだと得意げに笑った後、


「そうだ。飴もありますよ」


母さんが持たせてくれたのだと指を鳴らし、紙パックを持ったまま机に向かう。


机上に紙パックを置き、「飴は巾着から出したんだよな」引き出しに入れたんだっけ? ぽりぽりと頭部を掻く。

仕舞った場所を思い出すために上から順に引き出しを開けていると、御堂先輩が隣に立った。
 
 
そっと手を伸ばす。取ったのは生みの親の写真だった。
 
幼い俺と両親の顔をジッと見つめ、「君はお母さま似だね」と零す。今の両親によく言われると肩を竦め、写真に視線を流す。


「どういう人だったのか、もうおぼろげにしか憶えていないんっすけどね。けれど不思議と愛情や優しさは憶えているもんっす」
 

薄いガラス越しに生みの親を指でなぞる。
 
御堂先輩が袖から顔を出した俺の右腕に視線を流す。


「前から気になっていたけれど」


君の右腕には傷があるね。
まだ真新しいようだけれど。そう言って空いた手で腕の輪郭を撫でた。

腕に視線を落とす。
 
そこには彼女の言うとおり、真新しい傷が残っている。

まるで月のクレーターのように一点だけくぼんだ傷。


その箇所だけ未だに紅く色づいている。

これは銃痕だ。


俺と鈴理先輩が誘拐され、その末路に撃たれた忌々しい記憶は今も鮮明に思い出せる。

御堂先輩も誘拐事件のことは耳にしているだろう。
それを踏まえた上で俺は撃たれた当時のことを話した。


あれは今も俺の恐怖心を駆り立てる。


悪いことを聞いてしまったと詫びてくる彼女に首を振り、もう過去のことだと目尻を下げた。

 
「撃たれたのが俺でよかったとすら思っているんっすよ。女性だとこれ、目立ちますから」

 
女性を差別しているわけじゃない。

けれど男性と女性の体のあり方は異なる。華奢な女性の体に銃痕は不似合いだ。

なにより、女性はいずれひとりの体じゃなくなる。

男にはできない大仕事(妊娠)をこなすんだ。
傷は作っちゃいけないと思っている。


語り部に立ち、浴衣を袖を引いて痕を隠す。

ふと不機嫌になっている王子が視界の端にうつり、「差別に聞こえましたか?」気分を害したなら謝ると苦笑い。
 
 
間髪容れず、「僕の私情だよ」差別には聞こえなかったと低い声で返してくる。

私情って……、やっぱり差別に聞こえたんじゃ。俺の心中を読んだ御堂先輩が勝手に嫉妬しただけなのだと唸った。

愛されている彼女が妬ましく思ったのだとしかめっ面を作っている。


びっくりしてしまった。
王子があからさまに嫉妬を表に出すなんて、今までなかったことだから。

普段は笑顔で嫉妬オーラを隠し、人を仕置きだのなんだの言って弄っていたのに、今の先輩は惜しみなく感情を曝け出している。

力なく頬を崩し、「貴方も体に傷は作っちゃいけませんよ」女性にとって傷は非常に目立つ。

顔に傷なんて付いてみろ、両親泣くよ。

王子でいて欲しいけれど、体は大切にして欲しい。切に訴えると、彼女が横目でとらえてきた。
 
片手で萎んでいくパックを潰しながら、「付け足しで言われた気分だ」と一蹴。

こ、困った。俺は真摯に想いを告げただけなのに。
 

「気にしなくていい。僕が勝手に拗ねているだけだから。どう足掻いても僕は鈴理よりも後に君に出会った。鈴理と君が出会ってなければ、僕は豊福と接する機会すら得られなかっただろうし。……それが余計腹が立つのだけれど」
 

あいつが君と出会う契機なのが気に食わないのだと鼻を鳴らし、紙パックを完全に潰して机から離れて行く。
 
ここまで感情をむき出しに、しかも鈴理先輩に敵意を向ける御堂先輩ははじめて見た。

どうしてしまったのだろうか?
屑篭にパックを捨てる彼女の背を観察しつつ、掛ける言葉を必死に探す。話題をかえるべきかなぁ。


今の彼女はちょっち取っ付きにくいぞ。

淳蔵さんの件もあったし、ここは波風立たせず就寝しまうのがベストかもしれない。


パックを潰しながら思考をめぐらせていると、「豊福」戻って来た彼女が両頬を包んでくる。


面食らってしまった。

彼女は俺に懇願してくる。


祖父のような人間にはならないでくれ、と。


これから先、祖父は無理難題を君に押し付けるかもしれない。

心が荒むかもしれない。


その時、隠さず自分に曝け出して欲しい。荒れてもいい。

だから祖父のような人間にだけはならないで欲しい。


彼女の願いに俺は頷く。
約束しますよ、貴方を悲しませるようなことはしないって。

そう彼女に告げると、

「借金なんて無くなればいいのにな」

御堂先輩が憂い帯びた笑みを浮かべた。


「金で作り上げた関係なんて脆いものだ。
僕はな豊福。金じゃない、真摯な関係が欲しいんだ。御家族とも隔たりなく接したい」
 
「先輩……、俺は借金があるから貴方にそう言っているわけじゃないっすよ。貴方が俺にしてくれた優しさが、俺をそうさせているだけです。

前にも言いましたけど、貴方は俺にとって守りたい人です」


「好きな奴はまだ鈴理のクセに、一丁前なことを吐くんだね」