前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




ひとつの部屋で若かりし男女が着替えをする、だなんてこの行為は如何なものだろう?


自分の置かされた立場に疑問を抱きつつ、俺は彼女に背を向けてブレザーを脱いだ。

彼女が着替え終わるまで後ろを向いているつもりだけど、どれほど時間が掛かるだろうか。


蔵が埃ぽかったせいか、妙に肌がざらついている。
シャワーを浴びたいところだ。

先輩に入浴はどうするかと尋ねる。

返事がない。
彼女はそれすら気にする余裕が無いくらいに疲弊しているようだ。

 
明日の朝に入浴は回そう。
 
心中でそう呟き、俺は浴衣に腕を通した。
 
家にいる間は浴衣だからか、自然と一人で着付けできるようになってしまった。帯を締めて浴衣を整える。
 

とんとん。とんとん。

指で肩を叩かれた。

 
着替え終わったのかな?

「もういいっすか?」

彼女に振り向く意思を伝えて首を捻る。度肝を抜いた。
 
そこには下着姿の御堂先輩が。
うわぁあ、ブラとおそろの色のパンツですね。なんて可愛らしい下着!


……とか一瞬でも思った俺は海の藻屑にでもなればいいんだと思う。


ああ、数秒間にちゃっかり下着を観察した俺マジ乙。

でもでも俺も一端の男だから、やっぱ目が胸とか下着とかそういうところにいっちゃうわけで。し、し、死にたい。


「き。着替えてから話しかけて下さいよっ」
 

とんでもない格好で話しかけるのはやめてください、後ろを向いて大主張すると王子がようやく口を開く。「浴衣に着替えたい」と。
 
拍数を置いて溜息。王子の言いたいことが分かってしまう。

無茶なことを仰るんですねっ、貴方様は。
異性に着替えさせて欲しいとか強請るなんて。

そりゃあ俺も(無理やり)着替えさせてもらった口だから強くは言えませんけど、俺が着替えさせるってのはちょっと。
 

「豊福」浴衣の袖を引いてくる王子に、「せめて」浴衣は羽織って下さい。帯は締めてあげますから、と相手に交渉する。


俺の主張が通ったらしく、王子が動いてくれた。
 
ホッとしているのも束の間、羽織ったと彼女が俺の前に回ってくる。

悲鳴を上げそうになった。
見た目に反して大雑把な性格だってのは知っていたけど、それは雑把じゃ駄目っしょ先輩!

俺は大慌てで袂を閉めておばかと彼女に一喝。


「男の前で下着は見せちゃ駄目なんっす!」


幾ら王子でも、アータは女性なんっすから!

ツッコミを入れて俺は膝立ちになると、彼女から帯を受け取って腰にそれを回す。


人の帯とか締めたことないけど、ちゃんと締められるかな。


不安を抱きながらもなんとか帯を締めていると、「豊福は男だったんだな」と奇怪な台詞を飛ばされた。

 
あれ、おかしいな。

俺は自分が女だなんて一度も言った憶えはないんだけど。


なりたいってことは口走ったことはあれど、女だと断言した憶えはこれっぽちもない。


「なんでそう思ったんっすか?」


俺の問い掛けに、

「下着姿に赤面していたから」

と王子。


あ、あ、あったりまえでしょうが!

いたいけな少年は女性の下着姿に免疫がないんっすよ!
 

エロ本に興味がないわけじゃなかったけど、買う余裕なんてなかったし。

買ったら買ったらで置き場とかに困るし。

俺のアパート、すっげぇ狭いからすぐ見つかるだろうし。


でもやっぱり俺も男。
女体に興味が無いわけじゃないんだ。
 

「男は基本的にエッロイ生き物なんでしょうね」


きゅっと帯を締めることに成功した俺は相手に苦しくないかと尋ねる。うんっと王子は頷いた。大丈夫そうだ。


立ち上がって綺麗に彼女の浴衣を整えてやる。


「男が良かった」

御堂先輩の呟きが鼓膜を振動した。

繰り返される彼女の嘆きは、今すぐに癒えることはないだろう。


分かっているから俺は繰り返す。


「女で良かったんっすよ」


男以上に男前な女性。なかなかいないっすよ。

俺は彼女自身の存在を受け入れ、目で笑ってやる。
 

「貴方は女性として生まれて良かったんっす。女性は強いですよ、男なんかよりもずっと」
 

男の俺が言うんだから間違いない。
立ち上がって同じ背丈の王子を見つめる。
 
覇気のない顔に色をつけたくて、俺は彼女の髪を両手でわっしゃわしゃに撫でてやった。


「王子らしくないっすね」


姫になりたいなら喜んでポジションを交替してあげますよ。

悪戯っぽく笑うとやっと御堂先輩がそれはやだと力なく笑ってくれた。

やや腫れた瞼が重そうだけど笑ってくれた表情はあどけなく、とても可愛らしい。


これを口にすると相手が嫌がるだろうから俺の胸の内に仕舞っておこう。