しつこいと思ったのだろう。
「傍にいるとうざいんだ!」
君という人間が今はうざくてしょうがないっ、いや男がうざくてしょうがない。
男が傍にいると思うだけで嫌悪してしまう。
振り返った彼女が血反吐を出すような面持ちで悪態をつく。
だって俺もまた淳蔵さんと同じ男。二種類しかない性別の“男”に属する人間。異性と思うだけでムカムカするのだと言う。
「なんで君は男なんだ。人格は好いても、性別はどうしても好きになれない。君が女だったらっ、どんなに良かったことか」
女の君だったら、もっと好きになれていたのに。
“男”に対する憎悪すら垣間見える彼女の綺麗な瞳を見つめ返し、「俺は女にはなれません」そして貴方は男にはなれないんですよ、と答える。
背中が床に叩きつけられた。
押し倒されたのだと気付く前に、馬乗りになってくる彼女に胸倉を掴まれ、そんなことは分かっているのだと睨まれる。
誰よりも分かっているのだと揺すられ、「男の君に何が分かる!」だから男は嫌いなんだと毒づいた。
男は女を弱い生き物だと決めつけ、子を生産する道具のように見るばかり。
なにが平等社会、まだまだ男尊女卑の思考が根付いているじゃないか。
あのジジイも、父も、君も、男は女を蔑む、そんな生き物でしかない。
嫌いだ、男なんて嫌いだ。
死んでしまえばいいんだ。
苦しげに吐き出す感情を耳に傾け、彼女の怒りを受け止め、嫌悪する瞳に微笑を向けてやる。
意表を突かれたのか少しだけ彼女の怒りが弱まった。
「良かった」
ちゃんと感情を出せるじゃないですか、一安心だと目尻を下げる。
感情を殺すよりも、爆ぜて出してくれた方がずっといい。
そっと手を伸ばし、目に掛かっている前髪を払ってやる。
困惑している御堂先輩に、
「女の子ならこういう時」
貴方になんて言って慰めてあげるんっすかね? 男の俺には分からないと笑みを深めた。
「ただ男の俺にも分かることがある。貴方は俺とおんなじくらいにうそつきです。本当は誰かに傍にいて欲しい、そんな顔をしていますよ」
ゆっくり上体を起こし、
「俺は女の子じゃないですけど」
でも傍にいることはできます。許可してくれませんか? できないのなら、せめて貴方が誰かの傍にいるところ見届けたい。
我が儘を口にして、掴まれている胸倉を彼女の手から解放する。
返事を貰えなかったから、俺は友人となった新人女中を思い浮かべる。
さと子ちゃん、もしくは蘭子さんなら御堂先輩の傷心を癒すことができるかもしれない。
無理強いして傍にいても彼女の心は傷付くだけだ。
俺はどう頑張っても男なのだから。
男嫌いは簡単に治るものじゃない。
まずは蔵から出なければ。
埃が舞っている蔵じゃ、いつまでも暗い気持ちが支配してしまう。
「此処を出ましょう」
部屋に戻って熱いお茶でも飲みましょう。きっと気が落ち着く。
肩に手を置いて、立ち上がりたいから退いてくれるよう頼む。
彼女の体が前のりになった。
瞠目する俺に崩れ、肩口に額をのせてくる。
縋るように背中に腕を回された。
反射的に体を受け止めると、「ごめん」僕は最低なことを言った。と謝罪される。
「性別を差別される苦しみは僕が一番分かっているのに。君に当たってしまった。一番当たりたくなかった君に」
目を細め、そっと抱きすくめる。
「知っていますから」
貴方の言葉が本気じゃないことくらい、俺には分かっている。なにより今の貴方はとてもうそつき。
だから平気なのだと肩を竦めた。
腕の力が増す。
消えそうな声でうそだと彼女は言った。さっき言った言葉は全部うそ。
君が女を蔑んでいる生き物だなんて思っていないし、女でいて欲しいと思ったこともない。
訂正する必要なんかないのにな。うそだって分かっているのだから。
彼女越しに格子窓の向こうを眺める。
半月が俺達を覗き込んでいた。
それはそれは興味深そうに。
蔵で何をしているんだ? 人間は不思議な生き物だ、なーんて思っているのかもしれない。



