前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



【豊福家・居間にて】
  


豊福家。

只今の天気模様、小雨のち曇り。

 
仕事から帰宅した豊福裕作は妻の手料理を食べながら晩酌をしていた。
 
匂いの強い芋焼酎をちびちび嗜みながら、煮魚に箸を入れる。

少し前までは未来の親族になるご家族に板前だのなんだの、凄腕の料理人が訪問しては料理を作ってくれていたが、やはり舌に馴染む料理ほど勝るものはない。


過労で倒れた久仁子を一瞥する。彼女は自分のYシャツのボタンを縫うために針を動かしていた。


倒れた当時に比べ、随分血色も良い。

あの頃、無理をしてでも息子の負担を減らすべきだと彼女の意思を尊重したために過労で倒れてしまった妻。

事を知った息子は烈火のごとく憤り、両親の自分達に無理だけはするなと釘を刺してきた。

もしも同じようなことを起こしたら、今度こそ自分も働くと脅してきたほど。
両親思いである一方、ちっとも親心を察してくれない我が儘な子だと苦笑いが零れてしまう。

その息子が家にいないためか、居間の空気は静寂に包まれていた。

バラエティ番組がついているため、居間に作られたような笑声が湧いたがそれも居間には無効化。空気はシンと静まり返っている。
 

「空さん、元気にやっているでしょうか」


不意に縫う手を止め、久仁子が呟く。横顔が本当に寂しそうだ。
 
無理もない。
妻にとって息子は我が子同然に可愛がってきた子供だ。

無論、自分も同じ気持ちを抱いているが彼女には劣る。


それだけ久仁子は息子を本当に可愛がってきた。
 

(久仁子は結婚する以前から子を欲しがっていた。けれど、彼女は子を作りたくとも作れない体だと診断された)

 
その時の彼女の絶望した表情を今でも忘れられない。
 
所謂、不妊症と診断されてあらゆる原因と治療法を探したが、妻に当てはまる術はなかった。

あれから幾年経っただろうか?

不思議なものだ。
子に恵まれなかった自分達に、悲しい別れと新たな関係が待っていたなんて。

亡き兄夫婦は今の自分達の現状をどう見ているだろう?


「明日は土曜だ。元気に帰って来るさ。ちゃんと迎えてやらないと、また怒るぞ。あいつは」
 
「それはそうなのですけれど。やはり財閥の子息というものは、相当なプレッシャーなんじゃないかと思いまして」
 
 
眉根を下げる久仁子は、苛められてないだろうかと憂慮を口にする。

どうしてこうなってしまったのか……、嗚呼、これもそれもあれもキャツが悪い! 一変して憤りを見せる久仁子は持っていたシャツを握り締める。


「濱さんっ。今、何処でナニをしてやがるんでしょうね。あの人っ、キャバでいつもお金をスッてやがりましたものっ。
またキャバにでも行って女性とあれやこれやしているんじゃ! わ、私の大事な息子が人質に取られたのもあのスケコマシのせいです!」

「(スケコマシって)まあ剛のことだから、それはあり得そうだが。……久仁子、実は弁護士を探しているんだ」
 
 
「え?」目を丸くする久仁子に、借金の件をどうにかできないか相談できそうな専門家を探しているのだと裕作は告げ、グラスの入っている生(き)の芋焼酎を食道に滑らせた。
 
裕作自身、婚約の件は差し置いて五百万を帳消しに、もしくは自分達の負担を無効にできないかと考えている。

ある意味これは詐欺だ。
自分達は連帯保証人になった覚えも、判を押した記憶もないのだから。

これが証明できれば息子の負担を消せるかもしれない。


無理をして返そうとしても簡単に返済できる額じゃない。

身を持って痛感した。

 
だからこそ専門家を頼るべきだ。


「やっぱり借金は消してやりたい。婚約をするにしても借金あるなしじゃ立場も変わってくる」
 

裕作は久仁子に同調を求めた。
 
借金のせいで、きっと息子は肩身の狭い思いをしているに違いない。


親としてあの子を解放してやりたいのだ。

借金という理不尽な環境から。


息子にはいつも我慢をさせてきた。

欲しい物だってあっただろうに、殆ど我が儘を言わなかった。


その一方で並々ならぬ努力をしてきた。

両親思いの良い子なのだ。少しケチな面もあるが……。


兄夫婦の一件を思い出して未だに自分を責める節がある。

息子は苦労ばかりしている。その上、また苦労だなんて可哀想ではないか。
 

「金は掛かるかもしれない。だが、理不尽な借金に比べたら可愛いもんだ。そうだろ?」

「そうですね。専門家に相談してみましょう。
空さんは私達の息子なんですから! そして、いつか濱さんを見つけ出してっ……、あの男、刺身にしてやります。生け作りにしてやりますよ」