「あ、お帰りなさい。玲お嬢様、空さま。蘭子さん、お疲れ様です」
御堂家の正門前を箒で掃いていた新人女中のさと子ちゃんが下車する俺達を笑顔で迎えてくれた。
最近、仕事が上手くいっているのか、作る笑顔が自然に思える。生活に馴染んできた証拠だろう。良かったよかった。
「ただいま」先に降りた御堂先輩が鼻歌交じりに玄関へ向かう。
お嬢様はご機嫌ですね、会釈をするさと子ちゃんが何かイイコトでもあったのかと俺に視線を向けた。
直後、ギョッと驚かれてしまう。
乱れた制服とぼさぼさの髪が大層目をひいたようだ。
「そ、空さま?」大丈夫ですか? 地に足をつけた拍子によろめいた俺を気遣ってくれるさと子ちゃん。
力なく首を横に振って、ダイジョーブじゃないとべそを漏らす。
「御堂先輩は鬼だ。あ、あ、あ、あんな羞恥プレイを……、鈴理先輩だってあんなことしなかったのに。蘭子さんが傍にいたのに」
「とーよーふーく。誰が鬼だって?」
バッチシ聞こえていたみたいで、玄関扉に手を掛ける彼女が顧みてきた。
ひっ、身を強張らせる俺はついさと子ちゃんを盾にしてしまう。
「僕の愛情が伝わっていないのかな?」首を傾げてくる王子に、「たっくさん伝わってます!」もう消化不良を起こしそうなくらいだと笑顔を作った。
受け男らしく俺なりに可愛らしい笑顔を作ったつもりなんだけど、さと子ちゃんには不評だったみたい。
作り笑顔ですね、と苦笑いで指摘された。
「そう? ならいいんだけど」
足りないならもっと可愛がってあげるから。
片手を上げ、引き戸を開けて中に入ってしまった。その際、「豊福。着替えさせてあげるから早くおいで」とご命令。
一応、あれはお誘いの域に入るのだろうから一端の男としては喜ぶべきところだろう。
けれど俺は涙目になって返事をするしかできなかった。御堂先輩が浴衣に着替えさせてくれるってよ。
ははっ、貞操の危機この上ねぇ!
いや貞操どころか精神崩壊の危機!
それだけ御堂先輩の言葉攻めは精神的にくるんだ。
「また恥ずかしい思いしなきゃいけないのかな」
頭上に雨雲を作って玄関に向かう。
俺の背を見送ると子ちゃんは、「何があったのでしょう」やや頬を紅潮させ、最後に下車した蘭子さんに質問。
耳栓を取って扇子を折りたたんでいた蘭子さんは、「御堂家の安泰に繋がる行為です」ふっと笑みを零し、意味深に返答。
さと子ちゃんをもっと赤くさせていたのだけれど、二人に気にする余裕はない。
重い足取りで玄関に上がり、迎えてくれる女中さんや仲居さんに挨拶。
一子さんが帰宅していたから未来の義母さんにも会釈をして自室へ。
障子を開くとそこには既に浴衣に着替えてしまっている御堂先輩がいた。
藍の帯を結びながら、「少し待ってくれ」と言われてしまう。
さも俺が着替えさせて欲しい口振りだけど、それは間違いだとここに記させて欲しい。これは御堂先輩が望んでいることだ。
心中で号泣。
表向きはさっきのことがあるため強く拒絶も出来ず、従順に返事するしかない。
肩を落とし、障子を閉めて鞄を机上に置くとブレザーを脱ぐ。ハンガーに掛けた後、カッターシャツのボタンを外し、肌着を捲くる。
すると腹部に赤い痕がぽつぽつと自己主張していた。もっと捲くると胸にも数個の痕が。
……トホホ、まさかこんなところにまで痕をつけられるなんて。
御堂先輩って実は鈴理先輩よりも容赦がないのかも。
「そういえば、背中はまだだったね」
ぬっと背後に気配を感じる。
素早く肌着を下ろして後ろを一瞥すると、面白おかしそうに俺を観察している御堂先輩がそこにはいた。
「まだ付けるんっすか?」首と胸と腹部だけで相当な数になっていると思うのに、「ほら脱いで」彼女は有無言わせない。
露骨に抵抗すると相手を燃えさせるだけだ。
ガックシ項垂れてカッターシャツと肌着を脱いで上半裸になった。
「お手柔らかにお願いします」
「無理だね。もう勝負は始まっているんだよ? 手加減なんてできないさ」
項に唇を落とされる。
彼女の長い髪が肌を滑った。無意識に身震いしてしまう。
御堂先輩の気が済むまで上半裸になっていた俺は、彼女が離れていくことでやっと肌着を手にすることができた。
やや二の腕が冷えていたけれど口には出さない。
背中に付けられた痕を脳内で数えつつ浴衣を羽織って婚約者に帯を結んでもらう。
「首、凄いね」俺を見上げて綻んでくる彼女に、「体中痕だらけっす」俺はしかめっ面を作った。
「ここまで付けられたのは初めてっすよ」
「今まで悔しい思いをしていたんだ。これくらい許されるだろう?」
彼女と目が合い、何も言えなくなってしまう。
「もっと好きにしていいっすよ」
御堂先輩はそれだけの権限を持っているんっすから。俺は肩を竦めた。
本当は借金を盾に体を繋げることだってできる。
借金を言われたら、幾らノットスチューデントセックスを掲げている俺でも拒絶することはできないだろう。
けれど御堂先輩は人情味ある女性だ。「一方的なんてツマラナイだろ?」そう言って俺の立場を酌んでくれる。とても優しい人だと思った。
だからこそ俺はこの人を特別視している。
もう、友人の枠だけじゃ足りない感情を抱いてしまっているんだ。友情以上恋愛未満の感情を抱いている。



