「―――…お、お、お嬢様。今、なんと仰いました?」
「だから蘭子。鈴理と大雅が婚約破談をしたいそうだ。破談後は僕と豊福を賭けて勝負したいらしい。
そのために僕は呼び出された。僕も刺激が欲しいから勝負にのった。理解できたか?」
リムジン内は悲鳴で満たされる。
走行中にもかかわらず、「何をお考えなのですか!」青褪めた蘭子さんが腰を浮かし、声音を張って御堂先輩を叱り付ける。
剣幕に身を引いてしまう王子様はそんなに怒ることでもないだろ? と、弱弱しく反論するけれど、そんなに怒ることである。普通。
「空さまを賭けて勝負をするだなんてっ! これが旦那様や奥方様の耳に入れば如何するおつもりですか!」
「べつに黙っておけばいいじゃないか。君に教えたのは、あまりに呼び出しの用件をしつこく聞いてきたから言ったまでだし」
「お嬢様!」蘭子さんの声のトーンが一つあがる。
さすがは御堂先輩の教育係、すっかり王子が萎縮している。
「此方は豊福家のご子息をお預かりしている身の上なのでございますよ! それを恋愛という賭け事にのってしまうなんて。
空さまもっ、どうして止めて下さらなかったのですか?」
「俺は反対しましたよ。でも、だあれも聞いてくれませんでしたからね」
溜息をついて車窓に視線を流す。
後ろに流れていく景色。交差点に差し掛かっているせいか、やたら人を見受ける。
主に学生が多く、私服制服関係なしに若人が友人と駄弁りながら、また携帯を弄りながら、音楽を聴きながら道路を横断していた。
かたわらでシクシクと泣いているのは蘭子さんだ。
どこでどう教育を間違ってしまったのでしょう。蘭子は悲しゅうございます、等など泣き言を漏らしている。心中お察しするところだ。
「ほら大騒動じゃないっすか」
視線を戻し、婚約者を捉える。
唇を尖らせて「勝てばいいんだろ勝てば」と、彼女は開き直りを見せた。
そういう問題じゃないだろうに。
「まずは三ヶ月内に婚約を白紙にできるかどうか、見守ってやろうじゃないか。僕は僕で君を落とすまで。ふふっ、大雅を受け男になる姿を早く拝んでみたいな」
負ける気などさらさらないのか、御堂先輩が三ヵ月後のことを想像して愉快気に一笑を零す。
まずはこの件が御堂夫妻にばれないかどうか、そこを心配すべきだと思うのだけれど。
ふと御堂先輩が指を鳴らす。頭上に見えない豆電球を明滅させ、いいアイディアが思い浮かんだと迫ってくる。
下から上を見上げるように迫られ、ちょっち身を引いてしまった。嫌な予感がするのは俺の気のせいだろうか?
「三ヵ月後のその日、鈴理は大雅を抱くと言ったな?」
白紙にできなければ、の話でしたよね。それ。
「なら三ヵ月後のその日、僕も君を抱きたい」
口元が思いっきり引き攣った。
「俺の望んだ展開じゃないんですけど」相手に物申しても、「僕は君のために走ったよ?」助けに来てくれた行為をダシに使われる。
確かに助けに来てくれたのは嬉しいですけど、でも、それとこれとは話が別だと思うんっすよ!
三ヵ月後も俺達、まだ学生っすよ? 幾ら大雅先輩が抱かれる可能性があるとしてもっ、俺には関係ないっすよね!
大体、行為は安易にしちゃならないと思うんっすよ! セックスを甘く見ていると追々大変なことになるっす! 保健の授業で習ったでしょ!
主張してみるけれど彼女は迫ってくるばかり。
反射的に車窓側に逃げるけれど、限られたスペースのせいですぐに捕獲されてしまう。
「豊福」顎を掬われて視線を固定される。冷汗を流して駄目だと全力で拒絶するけれど、「ね?」笑顔で脅してくるばかり。
もし鈴理達が間に合わなかったら食べていいだろ? なあなあなあ? と目で訴えてくるもんだからタチが悪い。
「三ヵ月後のご褒美が欲しい。そしたらもっと頑張れる」
そげなこと言われましても、これは俺が望んだ勝負じゃ「鳴かせるよ?」
ウゲッ、新手の脅しがキタコレ。
含み笑いを浮かべる御堂先輩。どんな風に鳴くのか試してみたいな、と唇を右耳に寄せてくる。
吐息が掛かっただけでぞわっとした。
不味い、鈴理先輩と別れてからろくすっぽう触られたから……これは不味い!
御堂先輩越しに蘭子さんの姿が視界に映り、「人がいますから!」両肩を掴んでどうにか押し返す。が、シクシクと泣いていた蘭子さんが余計な気を回してくれた。
「ご安心を。私は御堂家の安泰を願っておりますゆえ」
こういうものを常備しています。
懐から巾着袋を取り出し、そこから耳栓を右と左に。鶴と亀の模様が入った扇子を取り出して顔を隠してしまう。
……大変宜しくない気遣いだ。蘭子さん、俺達をなんだと思っているのだろうか?



