前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―





「あんたの本気があたしより劣っているのならば、あたしは容易に空を取り返せるだろうがな」

 

黙って聞いていた御堂先輩が肩を震わせる。次の瞬間、大きく笑声をあげた。

どこからその自信は生まれるのやら。


それでこそ僕の好敵手だと一頻り大笑い。

目尻に溜まった涙を親指で拭い、「いいね」僕としては君と張り合ってみたくなったよ、とシニカルに口角を持ち上げる。乗り気になったようだ。
 

「僕も反則プレイで豊福の側にいるようなものだからな。これくらいの刺激は欲しかったんだ」

「ならば受けてくれるな?」


「いいや」御堂先輩は首を横に振った。
 
むっと眉根を寄せる鈴理先輩に、「僕は受けてもいい」寧ろ勝負を受けたい側だ。けれどね、彼の意思は無視できないんだよ。

王子がこっちを見てきた。

それまですっかり蚊帳の外に放られていた俺はやっと自分が話の輪に入れたことを実感する。

三つの視線を受け止め小さく息をつく俺に、「空」あたし様が同意を求めてきた。

間髪容れずに返事する。「お受けできません」
 

「おまっ。鈴理にとっちゃ、一世一代の告白だぞ。チャンスぐれぇいいじゃねえか」

「大雅先輩。ぶっちゃけ、俺は自分のことで一杯いっぱいなんですよ。
今の俺は二財閥の行く末より、御堂財閥の将来が大切なんです。

御堂先輩の言うとおり、俺には俺の背負うものがあります」
 
 
その勝負一つで未来が変わるかもしれないのならば、余計に反対ですね。
 
素っ気無く返し、「それになんのために」俺が身を引いたと思っているんですか。


苦々しく笑って提案者に詰問した。

彼女の父親の英也さんは鈴理先輩に幸せになってもらいたいから二階堂財閥に娘を託している。
俺も幸せになって欲しいから、友人でいようと思った。
 
婚約を破談するということは、それらの気持ちを蹴るということ。その覚悟はあるのだろうか?


なにより俺があの時、どんな思いで別れ話をしたか。
 
最後だからと何度も何度も溺れるようにキスをしたのか。

良き友人でいようと思ったのか。

無理してでも笑顔で貫いていたあの日すらあった。

 
……やっと御堂先輩の想いを受け取れる余裕が生まれ始めてきたんだ。
 
そっとしてしておいて欲しい、俺を引っ掻き回さないで欲しいというのが本音も本音だ。
 

「すまない空。我が儘や無理を言っているのは承知の上だ。
しかし、あたしは今の道が幸せだとは思えないのだ。大雅と婚約した道は、あたしが選んだ道ではない。ゆえに幸も不幸も誰かのせいにしてしまうだろう。

あたし自身、その道に自分の気持ちを置いていないのだから。

今のままでは不幸せなんだ。あたしは未だにあんたのことが好きなんだよ」
 

―――…。

 
俺も大概で勝手なことをしてきたけど、それを上回る身勝手さっすね、鈴理先輩。
 
お付き合い以前から分かっていたことっすけど、改めて思います。

貴方はとても身勝手な人です。ほんっと勝手だ。

腹が立つ一方で愛しさを感じる自分が馬鹿でしょうがない。

 
嗚呼、麻痺していた御堂先輩への想いが解かれそうで恐ろしい。


けれど次の瞬間、脳裏に過ぎるのは過労で倒れた母さんや、俺に謝罪していた父さんの姿。御堂夫妻の優しさ。そして俺を受け入れてくれた御堂先輩の笑顔。


俺は鈴理先輩の隣を並んでいたあの頃の“俺”じゃない。
  

「やはりお受けできません。好意は嬉しいですが、俺には守るべき人達がいるんです。
分かるでしょう? 貴方には貴方の守りたい人がいる。同じように俺には俺の守るべき人達がいるんですよ。

もし勝負のことが御堂夫妻に知られたら申し訳も立たない。あなた方の都合に付き合えるほど、俺もお人よしじゃないんですよ」


「……空」
 

どんなに悲しそうな表情を浮かべられても、俺には受けられない申し出だ。

悪役に立たせられようと構わない。
現実的にも許しがたい話しだし、俺の優先すべきことは御堂家財閥の将来なのだから。

話は終わりだと言い、早く解放してくれるよう手足を動かした。