―――五分と四七秒後。
「うっし。こんなもんだろ。……一応ボタンは二、三個、外すべきか? チラリズムって重要なんだろう?」
「恨みますからね。先輩達ッ! この落とし前は必ずっ……、鈴理先輩の目が据わっているっす!」
「でぇーじょうぶだって。こいつ、こう見えて我慢できるから」
「味見……くらいは許されるよな」
「我慢がなんですって?」
「あ、安心しろ。ぜってぇ俺が止めるから!」
―――十分と三秒後。
「十分過ぎたけどよ……玲。三十分以内に来れるか些か不安だな」
「ひぃっ! す、鈴理先輩! お触り禁止っ、禁止!」
「あ゛、鈴理テメ! 俺の見ていない隙になあにやってやがる! イデデデッ、俺を噛むな!」
「あたしは悲鳴ではなく嬌声が聞きたいのだよ。大雅」
「欲求不満の攻め女っ、クソメンドクセェなおい!」
―――十五分と二二秒後。
「空、タイムリミットまであと十五分だな。そうっすね、十五分っすね。十五分後にはセックスだぞ! キャッ、楽しみっす! どんなプレイが好みだ? やっぱり俺的にはー」
「……鈴理先輩。俺に成りすましてケッタイな会話を成立させるのはやめて下さい」
「む、これくらいの自由は許されるだろう? あたしはとてもとてもとても我慢しているんだ。空は思考の自由すら奪うのか!」
「妄想の間違いっすよね! あーもう、じゃあお口を閉じて妄想して下さい」
「仕方が無い。承諾しよう」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふっ」
「…………」
「……ふっ、ふふ」
「……大雅先輩、頼みますからお家に帰して下さい。鈴理先輩のおめめが怖いっすよ」
「……許せ、そして耐えてくれ豊福。俺もあれが婚約者だと思うと泣きたい」
―――十七分と十秒後。
ガンッ、前触れもなしに教室の扉が開いた。
顔を上げて音の方角を見やる。そこにはお行儀悪く足で扉を開けている男装少女、言わずも麗しき王子系プリンセスである。
両手が塞がっているのはどうやら鈴理先輩の親衛隊を途中でボコしていたらしい。
たんこぶを作って目を回している柳先輩と高間先輩が襟首を掴まれていた。
ゼェハァと息をつき、両手を開いて大股で歩んでくる御堂先輩の姿は学ランだった。
スマホで見たセーラー服じゃない。
残念だ、ちゃんと拝んでおきたかったんだけど。
「すーずーり。来てやったぞ。豊福をよくもっ……、椅子に縛り付けているなんて随分といいご趣味だな」
そう、俺は大雅先輩と鈴理先輩、二人の手によって椅子に縛り付けられている状況下なのだ。腕も足もネクタイで一くくりにされている。
二人曰く、逃走防止策らしい。俺の逃げ足の速さに先手を打った策らしいけど、こっちはとんだ災難だ。しかも。
「豊福のその姿はなんだ! カッターシャツのボタンを外して、今まさに食われんばかりの姿はなんとも美味しい。じゃない、不謹慎な!」
三十分以内に来れなかったら、本当に頂くつもりだったな!
ぐつぐつと煮えた感情を表に曝け出す王子。
「そのつもりだった」
あっさり白状する鈴理先輩によって御堂先輩のボルテージが上がったという。
「御堂先輩! 俺は浮気なんてしていませんからね!」
ガタガタと椅子を鳴らして、まず言うべきところは言っておく。
でなければ、仕置きをされそうな気が……、俺は被害者っすからね!
俺の心配を余所に、「何を考えている?」人の婚約者を人質にして何を目論んでいると御堂先輩が首謀者二人の前で仁王立ちした。
わざわざ部活を休んできたのだ。それなりの理由があるのだろうな? 悪質な悪戯で済まそうものなら、ごめんなさいだけでは許さないと王子。
クダラナイことで呼び出したならぶっ飛ばすと眉根をつり上げた。
纏うオーラに怖ぇっと感想を漏らしたのは大雅先輩である。
彼があたし様をチラ見するけど、彼女は堂々とした態度で腕を組んでいた。
「そう急かすな」
ちゃんと事情は説明してやる。
せっかちな女だと悪態をついたために、御堂先輩の怒りが絶頂に達したようだ。
彼女は沸点に達すると感情が爆発するタイプではなく、冷然と態度が変わるタイプらしい。
「鈴理、君は自分のしたことがどういうことか分かっているのかい? ある意味、一財閥に喧嘩を売る行為だったんだぞ。
互いにお遊びで婚約しているわけじゃないんだ。軽率な行動は控えてもらいたいものだね」
地を這うような声音。
臆することなくあたし様は言葉を返す。
「そうだな。確かにあたしの行動は軽率だった、が、これくらいしないとあんたは此処にはやって来ないと思ったのだ」
廊下が若干ざわつく。
フライト兄弟をはじめとする野次馬が様子を窺っているせいだ。そりゃそうだろう。人様の教室であんな騒動を起こしたのだから。
居た堪れない気持ちになっていると、「この場で宣言したいことがある」まずはそれを聞け。鈴理先輩がウェーブのかかった髪を背中に払い、真顔で告げた。
「竹之内財閥三女、竹之内鈴理は二階堂財閥長男の二階堂大雅と三ヶ月以内に婚約を破談する」
―――…なにを言って。
俺の中で、すべての時が止まった。
鈴理先輩の宣言も、大雅先輩の仕方が無さそうな笑みも、御堂先輩の黙然とした態度も、野次馬の声も、なにもかも制止して見える。
この人は何を言っているのだろう?
破談ってどういう意味合いを持っているのか、ご存知なのだろうか?
とんでもない発言のせいで、脳内が大パニックを起こしてしまう。
その間にもあたし様は言葉を続けた。



