「優しいんだな豊福」
俺の考えを見越した御堂先輩が綻んでくる。
「努力する人に悪い人はいませんから」
つい応援したくなったのだと、俺は目尻を下げて婚約者を見つめた。
それに俺は先輩と同じ事をしたまでのこと。
辛い現実に打ちひしがれていた時、俺の居場所を作ってくれたのはまぎれもなく御堂先輩。
俺はそれを真似ただけに過ぎない。
なにより勿体無いと思ったんだ。
御堂先輩とさと子ちゃん、どっちも演劇が好きなのに、それこそ同じ屋の下にいるのに、演劇のことが話せないなんてすっごく勿体無い気がした。
そう告げ、俺もそろそろ部屋に戻るとプリンセスに言う。突然訪問した詫びを添えて。
「おやすみなさい」
会釈して足を踏み出す。
背後から静かに手首を掴まれたのはその直後のこと。
足を止めた俺が顧みると、御堂先輩が柔和に微笑んだまま見つめてきた。
ガラス玉のような瞳を恍惚に見つめ返す。床の温度により、じんわりと足元が冷えてきたけれど、それすら気にならない。目が放せない。
「おいで」
寝ると言っているのに、自室に招き入れてくる。
誘われるがまま中に踏み込んだ。御堂先輩の部屋には台本が散乱していた。
今やっている舞台だけでなく、その資料。設定。スケジュール等々、記された本達がひしめき合っている。少しくらい束ねて片付けたらいいのに。
障子を閉めて先輩の後を追う。
「ガードが強いくせに、この状況には警戒心は抱かないんだね」
それとも単に鈍いのかな? 足を止めた彼女が長い髪を靡かせて振り返ってくる。
「まさか」俺は大袈裟に肩を竦めた
いくら受け男でも部屋に誘われた意味が分からないほど、初心(うぶ)な馬鹿じゃない。
浴衣の袖に手を突っ込んで微苦笑を零す。
これでも承知の上で足を踏み込んだんだ。これでも、さ。
此方の出方を窺ってくる相手を直視することができず、横を向いて軽く目を伏せた。
御堂先輩は俺に攻める発言をしておきながら、こっちの気持ちを考慮して容赦してくれている。
元カノのこともあるけれど、一番は家庭事情だ。
家のことが先に立ってるもんな、俺達の関係って。
婚約は借金を媒体にして成立したもの。感情よりも先に家柄が立ってしまったものだ。
俺達の感情が不一致している。
それでも、だ。
彼女は俺のことを好きって言ってくれている。辛い時に支えてくれた、傍にいてくれた人。
もう理由をつけて彼女の気持ちを蔑ろにするなんてできない。



