「―――…ということで、腹が減ったから厨房に行きたいんですけど。御堂先輩、一緒に来てくれません?」
完全に腰が引けているさと子ちゃんと共に御堂先輩の自室を訪問する。
稽古に一区切りしていた彼女は休憩していたようだ。
アポなしの訪問に少しばかり驚いているご様子。
それだけ俺からの訪問は珍しいんだ。
「厨房に?」「お腹減ってません?」相手に尋ねると、確かに腹が減ったと笑う王子。
「それより、気になっていたんだが……君の背中に貼り付いている子は?」
すっかり怖気づいているさと子ちゃんは、俺を盾にしてブルブルと身を震わせている。
彼女の立場からすれば、御堂家の正統な血を継いでいる先輩は仕えて当然の人間。アポなしに訪問なんて無礼にも程があると思っているんだろう。
しかし、俺は容赦なく背に貼り付いていたさと子ちゃんを剥がして御堂先輩の前に立たせる。
「桧森さと子ちゃん。俺の友達っす。彼女も一緒に厨房に行きたいんですけどいいっすか?」
「ああ。この子が最年少の女中。蘭子から常々話は聞いているよ。可愛い子だね。……目が赤いけど大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です」泣いたことを触れられたくないらしく、さと子ちゃんは引き攣り笑いで応対していた。
彼女が男だったら痛い毒舌が飛んでいたことだろう。笑顔で大歓迎されていることに、俺も少しならず安心した。
三人で厨房に向かう。
そこで何か食べられそうなものを、と探したんだけど、遺憾なことに買い置きはないようだ。
お金持ちはお菓子を貯蔵しないのだろうか?
それとも保存期間が決まっていたり?
業務用の冷蔵庫にサイクル表が見受けられたし。
俺のバイト先も食材やシェイクのサイクルがあるしな。
他の場所に貯蔵されているのかもしれないけど、少なくとも今の厨房にはないようだ。
だったら料理をするまで。
食材の使用許可は御堂先輩からもらったから遠慮なく使える。
内心で女の子の手料理が食べられるかも、と期待した俺だったけれど、現実は非常に甘くない。
御堂先輩は蘭子さんの言うとおり、家庭的な人ではないし、さと子ちゃんも殆ど料理はしない子だそうな。
取り敢えず、簡単に作れる料理を三人で作ろう。俺の提案により、割烹着を借りて三人でいざクッキングタイム。
御堂先輩が甘い玉子焼きが好物と仰ったんで(俺はダシ巻き派だけど)、それを作るため、卵を割るんだけど。
「豊福。卵が粉砕してしまったのだが」
「つ、強く打ち付けたでしょう! うっわ、卵が見るも無残な姿に。あーあーあ、手を洗ってきて下さい」
「手がねちょねちょする。豊福、洗って」
「それくらい自分で洗って来てください!」
「そ、空さま。ごめんなさい。卵を落としてしまいました」
「わぁあああ! そんな顔しなくても大丈夫! 失敗は誰にでもある! どんまい!」
「う……、生まれてきてごめんなさい」
「いや、これは卵が悪い! 殻が脆い卵ちゃんが悪いから!」
「えー、僕の時はそう言ってくれなかったじゃないか豊福。差別だ差別!」
「うぇーん。どうして私はドジで間抜けでおっちょこちょいなカメなんだろう! カメの方がまだ世間様の役に立ってますよー!」
「ちょッ! 御堂先輩、その手で俺にセクハラするのは禁止っす! さ、さと子ちゃん。そう自分を卑下しないで、ね?」



