「さ、さと子ちゃん。俺の部屋に行こうか。立てる?」


ブンブンとかぶりを振って遠慮してくるさと子ちゃん。

けれど、彼女はしっかりと人の浴衣を握り締めてその場から去らないよう道を塞いでくれている。動くことも出来ず、かと言って無理やり立たせるのも気が引けた。
 
今の俺にできることは彼女の側にいてやることだろう。
 
空腹も忘れ、俺は泣いている彼女を見守り、そっと背中を擦って側にいた。落ち着きを取り戻すまで、ただただ側にいた。

 

「ごめん、なさい」

夜風と戯れてどれほどの刻が過ぎたのだろう?
二の腕に寒気を感じた頃、さと子ちゃんが俺の浴衣から手を放し、袂に入れていたハンカチで涙を拭った。

俺が好きでしたことだから。相手に一笑し、蔵を背もたれにその場に尻をつける。

長時間しゃがんでいたせいか、足が痺れた。
浴衣が汚れてしまうけれど、是非とも座らせて欲しい。

「すっきりした?」

俺と同じように地べたに座るさと子ちゃんはうんっと頷いた。
 
曰く、蘭子さんに叱られてしまったそうだ。

どんな失敗をしたかっていると、源二さんのお召し物を誤ってゴミ袋に入れてしまった。高価なグラスにヒビを入れてしまった。生けていた花を折ってしまったエンドレス。……とにかくたーくさん失敗したそうだ。


叱られたこともさながら、自分の不器用さにはほとほと嫌悪したそうな。

グズグズ泣いているさと子ちゃんは、「空さまにだって」初日から火傷をさせてしまいましたし、と鼻を啜る。

確かにあれはすっごい歓迎だったけどもう気にしてないよ。俺は肩を竦めた。


「それに七瀬さんにっ」


きゅーっと喉の奥を絞ったような声を出す彼女は、七瀬さんに呆れられてしまったと新たに涙を流す。

彼には一番にお世話になったのに。優しくしてもらったのに。とうとう彼にまでっ、彼にだけは呆れられたくなかったとさと子ちゃん。

おや? やけに博紀さんのことを熱弁するけど、もしかして。


「博紀さんのこと、好きなの?」

 
唇を噛み締める彼女の顔が見る見る紅潮していく。

「その、」誰よりも優しくしてくれた方で、その、と口ごもる彼女は片思いだけれど、と言葉を付け足す。年上で優しくて魅力的だから、なーんて好きなところまで教えてもらった。

なるほどね、一番の理由は怒られたからじゃなく、博紀さんに呆れられたことにあるわけか。
 
どういう経緯で呆れられたかは分からないけど、ショックだったんだろうなさと子ちゃん。

一生懸命やっているのは分かっているんだけど。