「す……、鈴理さん。大丈夫ですか」


かつて一番仲の良かった次女に声を掛けられると、ようやく鈴理は口を開くのだ。
 
「もう、やめます。従順ぶるの」

ゆらっと立ち上がり、涙を手の甲で拭った。
 
突拍子もない言葉に家族が困惑しているが、


「あたしの人生はあたしのものです」


誰の人生のものでもない。
これ以上、誰かの言いなりになるのはごめんだと吐き出す。

それが例え血の繋がった親子だとしても、自分の人生は自分個人のもの。他の誰のものでもない。


「ずっと家族評価を気にしていましたが、もういい。そんなの関係ない。これはあたしの人生―――…好き勝手したいと思います。どうぞ愚女と罵ってください」


言ってやったりと満面の笑顔を作り、履いていたスリッパをポイッ、ポイッと投げ捨てる。

「スリッパって邪魔なんですよね」

あたしは素足で歩く派だと鼻を鳴らし、こんなことも気軽にできないと。

座っていた椅子の上に飛び乗ってダイニングルームを一望する。


「鈴理!」母の怒声もなんのその。

昔はこんなことばっかりして叱られていたことを思い出し、つい笑声をもらしてしまう。


ですよね? 同意を真衣に求めると、呆けていた彼女が柔和に頬を崩す。

ニッと笑い返し、椅子から飛び下りると食事もそのままに扉へ向かう。
 
何処へ行くのだと父が呼び止めてきた。ドアノブを握り締め、そっと顧みる。
 

「父さま。今のあたしはどのような栄光ある未来が待っていようと、幸せになどなれないのです。このままでは終われません。あたしは、今も空が大好きなのです」
 
 
そう、玲に負けたままでは癪だ。
 
簡単に身が引けるほど、自分も弱い恋をしていない。何せこっちは市民図書館で彼を眺めていたのだから。それも半年近く。

春の訪れと共に姿を晦ました彼と再会したのはまさに偶然という名の奇跡だった。が、今度は奇跡など起ってくれる筈がない。


あの時のように市民図書館で彼を待つ行為はもうやめだ。自分らしくない。来ないなら、自分から探しに行けばいい。

あの時と違って確かな居場所を知っているのだから。
  
 
大体、土壇場で受け身になってどうするのだ。

それが攻め女のすることか? 守るといったくせにっ、ドチクショウである。

女々しい自分から脱して、いつもの雄々しい自分にならないでどうする。自分の人生だろう。

もしこの恋が散るなら、華々しく自分の手で散らしてやろうではないか! 大雅も男を見せたのだ。自分も女を見せないでどうする。

  

「これから彼とよりを戻すために頑張ろうと思いますので、お覚悟を」



にやっと口角をつり上げる鈴理のあたし様っぷりに両親は唖然。
 
一方、姉妹は三女の素顔に瞠目、ついで静かに綻んだ。久しぶりに彼女の素顔を見た。

だからだろう。真衣は頑張って下さいね、と綻び、「もしかして駆け落ちするの!」瑠璃は目を輝かせ、「馬鹿ね」駆け落ちだったら内緒に行動しないと、と咲子が可笑しそうに肩を竦めた。
 

駆け落ち。

それは盲点だった。その手もあったか。手段には入れておこう。
 

「そうなるとあたしは竹之内の名を捨てなければならないのか。……まあ、それはそれで味のある人生を歩めそうだ」
 
 
ふふっと笑い、鈴理は扉を開いた
 
向かう先は自室。
大雅に電話をし、自分の今の気持ちを伝えよう。彼ならこう言ってくれる筈、「やっとお前らしくなったじゃねえか」と。