「―――…よく来てくださいました。大雅さま。どうぞ、ご案内いたします」
竹之内家を訪れた大雅は召使・晶子の案内の下、婚約者の自室に向かっていた。
会合のため。勉強会のため。ではなく、純粋に遊びに来ていた。
婚約者という立ち位置にランクが上がろうと、一幼馴染としての気持ちは変わらず、疚しい気持ちを抱くこともなかった。
二階堂家次男は鈴理と話すために遊びに来ていたのだ。
晶子に鈴理の最近の様子を尋ねる。
相変わらず家にいる時は部屋に引きこもってばかりだと晶子は返事した。
家族とは、特に両親とは殆ど口をきかない。彼女は眉を下げた。
「旦那様も奥方様も、ここまで鈴理さまが落ち込むと思っていなかったのでしょう。お食事も以前の半分以下。ご姉妹と話す機会はあれどご両親とは婚約式以降、滅多なことでは目も合わせません」
このような事態になるのではないかと懸念する方もいらっしゃいました。
誰よりも鈴理さまのお傍にいる教育係りのお松さん。執事長の竹光さんです。
彼等は婚約式を挙げると耳にした際、再三再四旦那様や奥方様に警告しておりました。「これで本当に宜しいのでしょうか?」と。
あからさま反対の意を唱えることはありませんでしたが、時期ではないのではないかと助言はしていたのです。
お二方の懸念は的中してしまいました。
ご両親のご決断は親子関係に亀裂を生むことになったのです。
それだけではありません。
鈴理さまと一番仲の良かった次女真衣さまも、妹の塞ぎように目も当てられない。こうなってしまったのは親のせいだと、ご両親に反発心を抱いてしまったのです。
長女の咲子さまは努めて中立な立場を取っておりますが、末子の瑠璃さまはご両親に不信感を抱いているご様子。
正直、今の竹之内家のご関係は芳しくありません。
「我々としては家族円満に食事をしてくださる日を待ち望んでいるのですが、それはまだまだ遠いようです」
なるほどな、大雅は息をつく。
鈴理は他人に対しての思いやりは強く、人のためならあたし様を発揮して突っ走る女だ。
それが彼女の長所なのだが、一方で自分のことになるとしごくナイーブになる。
昔から家族評価を気にしていた奴だ。ただでさえ劣等感ゆえ、両親には強く反抗できない節があった。
いつかはそのことで傷付くのではないかと懸念していたのだが、ついに現実となってしまった。
(豊福との恋愛、激濃かったしな。そりゃ引き離されたら落ち込むだろうよ。あれでも命張った仲だぞ)
忌まわしい誘拐事件を思い出し、大雅は荒々しく頭部を掻いた。
彼女に追い撃ちをかけるように好意を寄せている男が婚約したものだから、現実は容赦がないものだ。
正直、元カレには甘えていた。鈴理が立ち直るまでは恋愛もなにもなく、健気に彼女を想って支えてくれるだろう、と。
だからこそ彼の婚約話を聞いた時には腹が立って仕方が無かったのだが、冷静に考えてみれば、此方の都合を元カレに押し付けていたことは否めない。
向こうには向こうの都合があるし、好意そのものは彼自身のものだ。鈴理と別れた今、誰を想うと彼の自由なのだ。
(玲と婚約、か。まさか、豊福の家に借金ができちまうなんて)
大雅は真新しい思い出のページを捲った。
空の母親が過労で倒れて数日。
彼は母が順調に回復している旨と改めて迷惑を掛けた謝罪、車を出してくれた感謝をしに、わざわざバイト先の団子を手土産に持って自分達の下に赴いた。
律儀な彼は取り乱してしまったことについても真摯に詫び、みっともないところを見せてしまったと決まり悪そうに笑っていた。
そして成り行きで借金事情を知ってしまった自分達に、どうか公言はしないで欲しいと願い申してくる。
恩人の御堂家の顔に泥を塗るような真似はしたくないと言ってきたのだ。
勿論、公言するつもりなど毛頭ない。安心してくれるよう告げると、彼は心の底からホッとしたような面持ちを作っていた。
これは鈴理に内緒なのだが、その後、自分は空個人を呼び出し、十分程度話している。
意図的に知らされていなかったこととはいえ、理不尽な怒りを向けてしまったのだ。此方も詫びなければ、と思った。



