思い出すのは高校一年の秋暮れ。

通い詰めていた市民図書館での出来事。


それまで金を持っている者に対して闘争心と嫌味を垣間見せていた中学生に、嫌悪以外とは別の感情を抱いた瞬間を鈴理は今でもよく憶えている。

金持ちには金持ちの悩みがある。

自分の時間が持てないなど、家の束縛がある。


同じようにその中学生にも悩みがあった。

金のない悩みだった。
塾に通えず、人並み以上の努力を惜しんで図書館に通っていた。


すべてを彼から聞いたわけではない。いや、あの当時は彼と言葉も交わしたことがなかった。

それでも成り行きから一部の事情を知ってしまい、鈴理は彼に対して興味を抱くようになる。塾に通えない、中学生を。


彼が訪れる時間は四時から五時までの間。

学校を終えてから直で此処に来ているのだろう。

鈴理自身も学校があったために、正確な時間は把握することができなかったが、大抵それくらいの時間に中学生は訪れていた。

閉館までいると知ったのは彼に興味を抱いてからだ。


たまたま職員の話を聞いてしまったのだ。あの中学生は毎日、閉館まで勉強している、と。



閉館時間は八時。

それまで此処に居残って勉強している彼は、難関校に挑むようだった。

勉強量からして推測できる。独学で勉強しているのだと知り、鈴理は少しだけ席を近くした。

読書に勤しむ振りをしてチラチラと相手を盗み見ていた。

相手は気付かず、「計算が合わない」とか「この単語は」とか、持参しているプリントを見据えて顔を顰めていた。


塾に通えない分、此処で勉強している。

それを裏付けるプリントの山と、閉館時間まで居残っている事実が鈴理の座る席をもっと近くした。
 


(今日は調子が悪いのか?)
 


微動の変化を察するようになる。

まったくシャーペンが動いていない彼を見やれば、小さな溜息をついている。

三十分もしない間に、上半身をテーブルに預けて沈んでしまった。

その落ち込んでいる姿に鈴理は何か声を掛けたかったが、何も言葉が見つからず本に視線を落とすしかない。

目が滑っているせいか、文字が頭に入らず。

いや寧ろ自分も感化されたように読む手が止まってしまっていた。