前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―





 
 
点滴室の扉が遠慮がちに開かれる。

豊福親子を見守っていた鈴理と大雅がそちらに目を向けると、連絡を受けた玲が顔を出した。やや切迫した面持ち、心配が表に出ている証拠だ。


場の空気を読んだ彼女は小声で「お母さまの容態は?」と質問し、自分達と肩を並べてくる。
 

鈴理は玲に過労で倒れたことを伝えた。
 
要は働き過ぎて体が悲鳴をあげてしまったのだ。

命に別状はなく、点滴を打って暫く安静にしていればすぐに回復する。

端的に説明すると、玲は心底ホッとしたような顔を作り、良かったと感想を述べている。


「豊福は」「まだ動揺している」


今はそっとしておくべきだとベッドを顎でしゃくり、鈴理は小さな吐息をついた。

両親至上主義な彼だ。
一件は彼に多大なショックを与えたのだろう。未だにベッドシーツに縋って身を震わせている。
 

「空は、いっぺんにご両親を喪っているからな。過剰にショックを受けるのも無理はない」

「彼はとてもご両親思いだからね。少し、席を外そう。僕達のいるべき場ではない」

 
同意見である。
 
三人は点滴室を退室し、廊下に佇む。
 
殺伐とした廊下には診察を受けるであろう患者が数人見受けられた。比較的に高齢者が多い。
 
脇目で流した後、玲が感謝の言葉を述べてきた。一婚約者として、真摯に感謝しているのだろう。

見方を変えれば嫌味にも思えるが、今は素直に感謝の気持ちを受け取るべきだ。


「あのままじゃ車に轢かれていたしな」


それだけ動揺していたのだと鈴理が苦笑を零した、直後、「なあ玲」それまで黙っていた大雅が口を開く。


「豊福のお母さまが借金を口にしていたんだが……、まさか豊福の家は借金を負っているのか?」

「た、大雅。今聞くことではないだろ?」


鈴理も片隅で思っていたが、場を読んで伏せていたのだ。


「不謹慎だとは思う。けど今聞かずにいつ聞くんだよ。あいつには悪いが、俺は真実が知りたい。それなりの付き合いだ。ぶっちゃけ悪者にはしたくねぇ。
けど何も知らないままだと俺はあいつに理不尽な怒りを持ち続ける。俺は、豊福より鈴理が大事だから。あいつの家には借金、あんのか?」
 
 
顔を顰める玲は腕を組んで暫し口を閉ざしていた。
 
無機質な壁に背を預け、話そうかどうか悩んでいる様子。

しかし腹に決めたのか、ぐるっと周囲を見渡した後、「ああ」短い返事をして大雅の質問を肯定した。
 

「豊福の家が負っている借金は五百万。極最近、負ってしまった理不尽な借金だ。僕より付き合いの長い君達なら知っているだろう? 彼の家の経済状況を。
五百万なんて大金、彼の家で払える筈もない。そんな時に御堂家が手を差し伸べた」


「じゃあよ。お前等、もしかして」

「ご察しのとおり。僕等の婚約は借金を媒体とした契約だ。僕や彼の本意じゃない」


静寂を保ち続けている廊下にコツコツコツ、と乾いた足音が響く。

三人の目の前を看護師が通り過ぎた。カルテを持った若い看護師はC診察室と表記された扉を開け、中に入ってしまう。

「肩代わりしたのは僕のジジイだ」

利益のためなら手段を選ばない財盟主のひとりが、見ず知らずの豊福家の借金を肩代わりしたんだ。玲は不機嫌に話を続ける。
 

「当然、上手い話には裏がある。ジジイは肩代わりの代価として豊福家に子息を御堂家に差し出すよう条件をつけたんだ。借金を踏み倒さないための人質として。表向きは婚約と綺麗事を抜かしているけれど」

「人質っ……、豊福はそんな立ち位置にいるのか?」

「そうだよ大雅。豊福家の借金は親族の踏み倒しによる謂わば皺寄せ。二度も踏み倒させないために、ジジイは豊福家から子息を取り上げる策に出た」