前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



「はい」俺は笑みを浮かべて返事する。
 
例え、相手があくどかろうとなんだろうと俺達家族はこの人によって救われた。なら、言うことは一つ。


「俺は御堂家のものです。貴方様の望むことをしたい」

「と、豊福っ!」
 

頓狂な声を上げる御堂先輩とは対照的に満足げに笑った淳蔵さんは、それでいいのだと褒めてくれた。

次いで、「青春をするのも良いが」友人とは仲良くするようにと助言してくる。

友人関係はいずれ、将来の取引へと繋がる。
ビジネスマンらしい台詞を耳にした俺は、ここでようやく鈴理先輩達がいたことを思い出した。

 
このやり取りを見られたくはなかったけれど、まるで狙ったかのように淳蔵さんは彼等の目の前でやり取りを繰り広げた。これは意図してのことだろうか?


「豊福くん。ご家族を想うなら、御堂家に逆らわないことだ。君は御堂家の所有物だということを忘れてはいけない」


もし忘れるようならご両親はどうなるか……、口角を持ち上げる淳蔵さんの笑みに俺は血の気を引かせた。
 
 


「親不幸にだけはしないように。実親のように、自分の身勝手で殺めてはいけないよ」



な ん で ?
 

青褪める俺にまたひとつ綻んで、淳蔵さんはそろそろ失礼すると俺達の脇をすり抜けて階段をのぼる。

久々に階段を上ったが、これはしんどいな。良い運動になりそうだと秘書の女性に漏らす権力者は、鈴理先輩達にこれからも孫達と仲良くしてやってくれと建前を言い放って、階段の向こうに姿を消す。 


相手の背中を睨み飛ばす御堂先輩は、完全に姿を消すまで祖父を睨んで、「クソジジイめ!」地団太を踏んだ。

一体何を目論んでいるのか、腹の底が読めない。いつもそうだ。祖父の腹黒さは底知れない。二重人格ジジイめっ、御堂先輩は憤りを露にしてたけど、すっかり消沈してしまっている俺に気付き、そっと声を掛けてくる。

 
何か優しい言葉を掛けてくている気がしたけど遺憾なことに俺の耳に届かなかった。
 
俺の脳内を占めているのは両親のことばかり。
まるで俺の過去を知ったような口だったけど、知っているのか? 俺が昔、実親に何をしたのかを? どんな親不孝をしたのかを。
 

俺がヘマすれば父さんがっ、母さんがっ、嗚呼それだけは。それだけは。
 
財閥界でヘマは許されないのだと思い知らされた俺は追い詰められた気持ちを抱き、がくがくと体を震わせてしまう。

自分がどういう立ち位置にいるのか、改めて気付いてしまった。
 

俺、とんでもないところにいるんだな。


……やばい、プレッシャーに押しつぶされそうだ。どうしようもなく怖い。どうしょうもなく。また両親を失ってしまうような。

親不幸にだけはしないように、淳蔵さんの言葉が俺の脳内に繰り返し流れる。

同時にフラッシュバックした。

目の前で実親がトラックに轢かれた光景が。あれは俺が親不孝をした末路。

じゃあ俺のヘマで育ての親も無残な末路を? 俺のせいで、また誰かの人生を変えてしまうんじゃ。


俺は、また人を殺してしまう。殺して……嗚呼、酷く気分が悪い。



「すみ、ません。先輩。座りたいかもです」

 

ようやく我に返ることができた俺は、少し疲れてしまったようだと作り笑いを浮かべる。
 
「そうか」今日は不慣れなことばかりだったからな。
 
理解を示してくれた彼女は、俺の背中を叩いてラウンジに行こうと手を引いてくれた。

うんっと頷く俺に鈴理先輩達へ挨拶する余裕は無かった。

御堂先輩が何か彼らに伝えていたけれど、失礼するよ、とかそこらへんの言葉だと思う。


重量感ある非常階段の扉を押し開け、先輩とラウンジに向かう。企業の人の姿は見受けられない。代わりに財閥の人間が疎らに見受けられる。

設置されている長いすに俺を座らせた御堂先輩は自販機へ。熱々のカフェオレの入ったカップを持ってすぐに戻って来た。
 

「これを飲んだら気も落ち着くよ」

「ありがとうございます。ごめんなさい、世話を焼かせてしまって」


厚意に甘え、カップを受け取る。

気にすることないとハニカミ、隣に腰を掛けてくる婚約者。

ズズッとカフェオレを啜って味を楽しんでいる。俺もカフェオレを啜り、それを味わう。

不思議と気が落ち着いてきたのは彼女の優しさのおかげかな?