開いたエレベータに乗り込む。
 
幸いなことに外界の見えない閉鎖的なエレベータだった。無機質な壁で囲まれた空間は高所の恐怖心を和らげてくる。
 
きっとそれだけじゃない。無遠慮に御堂先輩が手を握ってくれた。
高所に、現実に、未知の世界に恐れている俺のために。

「大丈夫」傍にいるから、彼女の丸び帯びた声音にはにかんだ。それだけで元気をもらえる。
 

目的のフロアに足を踏み入れる。
 
御堂先輩の男嫌いが災いしているのか、隣を歩いている俺は大層注目を浴びた。

エレベータに同乗した財閥の皆様からも、フロアの廊下で立ち話をしている財閥の皆様からも、一室前で受付をしている財閥の皆様からも。
 

―――…財閥の世界に生きると決まったその日から覚悟していた、いつかは関係がばれる。
 
  
受付の場で署名する。
 
初めて見る顔に受付担当が家柄を尋ねてきた。俺が返事する前に、御堂先輩が説明してくれたおかげですんなりと入室許可が下りる。
 
指定された会議室に入ると、そこにも財閥の令息令嬢が談笑していた。
集まりは上々のようで思った以上に人数がいる。部屋の造りは広さを覗けば、いたって普通だ。

どれだけ某大手企業ビルの一室を借りても、並べられた長テーブルやパイプ椅子は市販で売られているものと変わりない。


「あいつだよ、あいつ。ホールで騒がれていた奴。新人財閥の子息。どこの財閥だろうな」

「初めて見る面だけど、頭は良さそうじゃん。あれ、エレガンス学院の制服だぜ」


一々々々々々、人の家柄を気にするんだな。財閥の方って。

溜息をつきたくなる。いっそのこと庶民出身の豊福空です、と高らかに自己紹介をしようか? 気分爽快しそうだ。


ふと気付く。
 
集った財閥の中に見受けられた、馴染みある顔ぶれ。


「豊福」気遣ってくる声に視線を流し、「俺は大丈夫です」貴方が傍にいてくれるから、小さく笑みを零す。

婚約が成立し、財閥界に足を踏み込んだあの時から覚悟していた。いずれ関係がばれる、その日を。
 
 
未だに引き摺っているお互いの気持ち。双方、心情を察していた。

だからこそ、この現実を知れば相手を傷付ける未来を俺は知っている。俺自身も相手を傷付けたと片隅で自己嫌悪するだろう。


けれど俺は過去を顧みれない。
 
俺には俺の守るべき人達がいる。恩を返したい人達がいる。支えたい人達がいるのだから。

 
野次馬の声に興味をそそられたのだろう。顔ぶれが此方に注目してきた。

「おまっ、」パイプ椅子を引いて立ち上がったのは大雅先輩。

目を真ん丸お月さんにしているのは宇津木先輩。

そして息を呑んで瞬き一つせず俺を見つめているのは元カノ、鈴理先輩。
 

予想していた反応に微苦笑を零す。
分かっていた、こうなることは分かっていたんだ。