旦那様に奥方様、が宜しいでしょうか?
俺の問い掛けに二人が笑声を漏らした。
「召使の真似しましたね」
一子さんにずばり指摘されてしまい、俺は顔を紅潮させながら身を萎縮させてしまう。
だってその呼び名が一番しっくりきたんだ。
様付けでも良かったけど、此処は旦那様に奥方様がいいかなぁって。
でも婚約者の俺が言うのはおかしかったらしい。
今までどおり、源二さん、一子さんで良いと呼ばれた。
ただしひとりだけ丁寧な呼び名で呼んだ方が良いと夫妻が教えてくれる。
それは借金を肩代わりしてくれた張本人、御堂先輩のおじいさんに当たる御堂淳蔵さんだ。
夫妻も頭があがらない人なんだそうだ。
先輩が言っていたように、おじいさんの権力は絶対のよう。
いずれ会うであろう淳蔵さんのことを頭でメモしておく。
彼の呼び方は丁寧な様付けにすべし、と。
「ふふっ、玲が貴方様がやってくる日を心待ちにしていましたよ。今朝はご機嫌で学校に向かったそうです。毎日のように貴方様の来る日はまだか、と唱えていましたし」
「あの玲が男を待ち遠しく思ってくれるなんてな。本当に嬉しい限りなんだ」
二人に微笑まれ、俺は照れてしまう。
なんて返せばいいんだろう?
「けれど貴方様。お部屋は玲と同室にするべきだったのではないでしょうか? 折角婚約されたのですから、ね。親密な情事もございましょうし」
「確かにな。空くん、どうだい?」
……えーっと、それについてもなんて返せばいいんだろう?(親密な情事って何? ねえ、何?!)
「一応お互いに学生の身分ですから」別室の方が好ましいかと、ぎこちなく笑って返事すると、「硬派なのですね」感心したような口振りで一子さんが綻んだ。
どうしてだろう? 褒められたのに、あんま嬉しくないんだけど。
バタバタバタッ―!
会話を打ち切るような喧(かまびす)しい足音が聞こえた。
顔を上げる俺を余所に、「玲だな」まったく女の子だというのに乱暴な歩き方だと源二さんが息をつく。
「本当に」もう少しお淑やかになってくれないかしら、一子さんも肩を落として落ち込んでいる。
うーん、歩く、というより走るって言葉の方が似つかわしいと思うんだけど。
次の瞬間、勢いよく障子が開かれた。
「豊福は来ていますか!」
現れたのは勿論夫妻に溜息をつかせたプリンセス。
着慣れた学ランを身に纏い、満面の笑顔を作って俺を捉えてくる。
「お邪魔しています」
軽く頭を下げて挨拶をすると、「やっぱり来ていたんだな」今日を待っていたよ、彼女は嬉しそうに笑顔を零した。
「こら玲」着替えてきなさい、源二さんに注意されると素直に返事し駆け足で自室へ。
程なくして、彼女は浴衣姿で戻って来た。
見事に男が着そうな柄だったから、俺は微苦笑を零してしまう。寝巻きまで男物なんだな、御堂先輩。



