【竹之内家のダイニングルームにて】
  

竹之内財閥次女・竹之内真衣は日夜のように思いを巡らせていた。
 
やはり両親の強引な内輪婚約式は失敗だったのではないかと。結果がご覧の通りである。

本日、家族のスケジュールが都合よく合致したため、久々に家族揃って食事をしているのだが和気藹々と会話している自分達と一線引いてしまっている三女がいた。

今日のメインディッシュであるアクアパッツァ(魚介類をトマトやオリーブオイル、白ワインや水で煮込んだイタリアの伝統料理)を三分の一も平らげていない。

カットされたスズキやイカをフォークの先で突いて遊んでいる。


始終能面のため、三女の心意がまったく読み取れない。落ち込んでいるかどうかすらも分からないほど、三女に表情がない。

此処暫く妹はこの調子なのだ。


気遣った末子の瑠璃が、「鈴ちゃん食べないの?」具合でも悪い? と声を掛ける。
 

「すこぶる元気だ」


答える鈴理の声に抑揚がない。

努めて無表情を貫き通しているところが、まるで家族を拒絶しているようにさえ思える。

前菜のサラダも食べ切れていないため、見かねた母・桃子がサラダは食べてしまいなさいと命ずる。

返事する鈴理だが行動と伴っていなかった。


仕舞いにはフォークを置いてしまう。

ご馳走様と言って席を立つ鈴理に、「待ちなさい」父の英也が声を掛けるが、それを真衣が制した。


そのため鈴理はさっさと退室してしまう。


背を見送り、真衣は両親に強く言った。


そっとしておけと。


父はきっといい加減にしっかり食べて立ち直りなさいとでも言おうとしたのだろうが、それで済む出来事なら鈴理だって心身回復している。
 

「今しばらくお父様とお母様はあの子に関わらないでやって下さい。それが鈴理のためです。あんなに傷付いた鈴理っ…、初めてですから。
言いたいことは沢山あるでしょうが、あの子の恋心を甘く見た結果です」

 
あからさま棘を含んだ台詞を吐き捨て、真衣は食事を再開する。

四姉妹一淑やかな次女真衣が憤りを見せるのは珍しく、長女や四女は声を掛ける機会を失った。

ギスギスとした窒息しそうな空気の中、二番目に席を立った真衣はまるで三女の後を追うようにダイニングルームを退室する。